オフィシャルサイトでこう綴るのは憚れるが、ここに紹介する『500e』の写真では、ボディカラーの本当の美しさを完全に表現できているとはいえない。
実車を前にすると、自然に溶け込むようなナチュラルさが印象的だ。それは、最先端テクノロジーを秘めたEV(電気自動車)という技術的キャラクターとは対照的である。読者のみなさんも、ショールームや街角で『500e』を目にした途端、その繊細なトーンに魅せられるはずである。
「チェントロ・スティーレ・フィアット(フィアット・デザイン・センター)」のデザインスタッフは『500e』のボディカラー選択について「地球と自然との調和を感じさせる、さまざまな新しい効果」を模索したと解説している。
各カラーの解説に耳を傾けてみよう。氷河をイメージした「アイス ホワイト」は、青、緑、灰色のマイカ(雲母片)をミックスしたペイントを施しており、見る者に繊細でエアリーな印象を与える。
三層パールの「セレスティアル ブルー」は、セラミックブルーの塗料をベースに、コッパー(銅)色のマイカを加えたカラーだ。実現したのは「日の出と日没のような色彩」である。
「オーシャン グリーン」は周囲の光によって、緑にもブルーにも見える、こちらも幻想的な塗色である。
真珠のような輝きを放つ「ローズ ゴールド」は、フェミニンな色という表現を超越して、貴金属のようにさえ見える。
そして「ミネラル グレー」の実車を見た筆者は、その名のとおり採掘されたばかりの鉱物のようなマッス(量塊)と神秘的な輝きを感じた。ちなみにイタリア半島では、古代ローマより前のエトルリア時代から、鉄鉱石をはじめとする鉱物が採掘され、人々の創造力を刺激してきた。
いずれのカラーも「目に対する新たなセンセーション」とデザイナーは定義している。
カラーということに関していえば、17世紀後半のイタリアやフランスの画壇では「色彩論争」というものが展開された。「絵を描くのに最も重要なのは素描であるか、それとも色彩であるか」という議論である。素描を重視する画家たちは、デッサンという行為に知的な純粋さを見出し、色彩は表面的なものに過ぎないと訴えた。それに対して、色彩を重んじた画家たちは、色こそがモチーフを確実に再現できるものであると訴えた。
これを敢えて自動車に当てはめれば、素描は形態(フォルム)、色彩はボディカラーである。インダストリアル・デザインである以上、ふたつの関連は芸術作品よりも緊密だ。同時に、どちらか一方が優れているのだが、もう片方がそれに及ばない、いわば残念な自動車を私たちはこれまで数々見てきた。
しかし、歴代の『500』は違っていた。1957年の『Nuova 500』は小型車にとってひとつの理想ともいえる合理的なフォルムを実現するとともに、時代を先駆けたエレガントやポップな色彩をまとっていた。2007年に誕生した『500』では、新時代の小型車像を示すとともに、ヴィンテージなボディカラーも試みられた。
こうした『500』シリーズにおける塗色の重要性について『500e』デザインチームのあるデザイナーは「ひとつのカラー・マニフェストだった」と語る。日本語にすれば色彩宣言といったところだ。
『500e』では、すでに記したように、新たなカラー表現に挑んでいる。
それは、かのレオナルド・ダ・ヴィンチが素描を極めると同時に、新しい顔料を用いたり《モナ・リザ》にみられるように輪郭線を無限のグラデーションに置き換えるスフマート技法を導入するなど、色彩表現でも果敢な挑戦を続けたことを思い出させる。
とかくテクノロジー偏重になりがちなEVにおいても、けっしてカラーをなおざりにしない。イタリアブランドならではの精神性を『500e』から感じるのは筆者だけではあるまい。
文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Stellantis