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DESIGNENGINEERING

イタリア流・最先端の魅せ方
FIAT 500eの開発エンジニアに聞く

イタリア発の最新EVフィアット『500e』は、歴代『500』のデザインランゲージを巧みに継承している。そのため、2006年トリノ冬季五輪の翌年に発表され、今日までロングセラーを続けている『500』の単なるEV(電気自動車)版?と思う方もいるだろう。しかし、答えはNO。『500』と共通のパーツは僅か4%に過ぎない、完全なる新設計である。
今回は『500e』開発チームの話を紹介しながら、魅力的なデザインの下に隠された最先端テクノロジーに迫ってみよう。登場するのは、車両チーフエンジニアであるラウラ・ファリーナさんと、駆動システム担当チーフエンジニアのマウリツィオ・サルヴィアさんである。

ローマのサン・ジュゼッペ・ディ・ファレニャーメ教会近くで。イタリアの電力会社「エネルX」のチャージャーで充電中のフィアット『500e』。

プレミアム・スモールの旗手として

まずマウリツィオさんが、バッテリーについて語り始めた。
「42kWh容量のバッテリーパックは、世界の数あるサプライヤーが製造するなかでも、最もフラットかつコンパクトなものを採用しました」。それでも、重量は290kgもある。
「収容には苦労がありました」とラウラさんは回想する。そのため、ゼロから設計した新プラットフォームは従来の『500』よりサイズを拡大し、十分な補強も施した。しかし、製品コンセプト上、駐車を含むシティユースに適切なボディサイズに収めなければならないという制約とのせめぎ合いでもあった。
「加えて、通常のエンジンルームの位置にパワー・エレクトリック・ベイ(PEB)と駆動装置であるエレクトリック・ドライブ・モジュール(EDM)を収めるためのクレードルの設計にも苦心しました」と振り返る。

10.25インチタッチパネルモニターにグラフィック表示されたバッテリーとエレクトリック・ドライブ・モジュール。

次にマウリツィオさんは、バッテリーおよびその冷却について説明する。
リチウムイオンバッテリーはDC急速充電にも対応。「冷却には水冷方式を採用し、3ウェイバルブで水流を適切に制御し、あらゆる環境で最大の効率を発揮できるよう設計しました」。
例として、バッテリーの温度管理が不要なときは、バルブが作動して水流はモーターやパワーデバイスの冷却に回る。低温時もバルブは閉じられ、代わりにバッテリーは電気ヒーターを使用して温められる。「寒冷地テストは、パーツサプライヤーとともにスウェーデンの施設で綿密なテストを繰り返しました」。

最大85kWのDC急速充電にも対応している。

なお『500e』の最高出力は87kWだが、マウリツィオさんによると「87kWというのは補正を行ったうえでの数値であり、実際にはそれ以上の性能を有しています」と解説する。また、バッテリーのライフサイクルは8年もしくは16万キロメートルを走行した時点で容量70%を確認しているという。さらに各部の設計には、将来的にも最新のコンポーネンツが採用できるよう拡張性にも考慮したと語る。

次にマウリツィオさんは、静粛性に関しても言及。「EVエクスペリエンスの向上を目指し、NVH、音響性能などで最善を追求しました」と説明する。それは、カブリオレ仕様の『500e OPEN』でも同様。
ルーフ開放時もノイズは限りなく気にならないようにするのが目標であったと振り返る。そして「プレミアムスモールカーという製品コンセプトに相応しい水準を目指しました」と付け加えた。

ハッチバックの『500e』はもちろん、『500e OPEN』でもEVならではの静粛性を満喫できることを目指した。

あの「テイスト」でも魅せる

『500e』には3つの走行モードがあり、その中のひとつに「シェルパモード」がある。シェルパ(Sherpa)とは、一般的には高地における山岳ガイドのことを指す。いっぽう『500e』の場合は、バッテリー残量が不足した場合などに、時速80km以下で走行するとともに、エアコンやシートヒーターなどを自動でオフ(手動で再起動することが可能)にして消費電力をセーブし、航続可能距離を伸ばす機構だ。ラウラさんは「the end of journeyに、家まで最大の効率で的確に導いてくれることからシェルパと名付けました」と背景を説明する。
なお、この「シェルパモード」および「レンジモード」では、アクセルペダルだけで走行できるワンペダル・ドライブが可能だ。いっぽう「ノーマルモード」では、通常の内燃機関AT車同様のアクセル&ブレーキ操作で運転ができる。ふたつの運転方法を設定した理由について、マウリツィオさんは「完全なEV体験と、これまでと変わらない運転の安心感。その双方を実現できるからです」と解説する。

走行モードは「ノーマル」「レンジ」そして「シェルパ」の3つ。

『500e』は前後重量配分において、限りなく均等に近い52:48を実現。バッテリーによる低重心との相乗効果で、高い操縦性を可能にした。
ドライバビリティといえば、マウリツィオさんは、さらに興味深い話を明かしてくれた。「コンフォートとハンドリングのバランスを追求するうえで、従来の500オーナーが求めているものも尊重し、設計を進めました」。
そこで思い出したのは、筆者の知人のイタリア人である。少し前、1968年製の『Nuova 500』を突如購入した。彼女の場合、中世都市の物置を改造した古く狭い車庫に入るクルマが他に無いというのが『Nuova 500』を選んだ第一の理由だった。だが同時に、四十数年前に免許を取得したときに味わった、独特ともいえるダイレクトな操縦感覚が懐かしくなったことも、突然手に入れたきっかけだったらしい。ということは、歴代『500』のテイストを加味したという『500e』は、EVに関心があるユーザーにとどまらず、長年の『500』ファンも魅了することだろう。

『500e』は、エクステリアデザイン同様、最新技術を伝統という優しいヴェールで包んでいる。これは、イタリア流最先端の魅せ方だ。モダンとクラシックの融合を味わうことは、現代の衣装や舞台セットで演じられるヴェルディやプッチーニのオペラを鑑賞する心地よさに通じる。
ラウラさんはパッケージングについて「明らかに、ひとつのチャレンジでした」と語っていたが、その挑戦は十分に成功しているといえるだろう。

文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Stellantis

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