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DESIGNEXTERIOR

受け継がれた「黄金比」
FIAT 500eのエクステリア・デザイン

イタリア的アプローチ

フィアットの新たなEV『500e』は、2020年のイタリア本国デビュー以来、僅か2年足らずで25におよぶ賞を世界各地で受賞する快挙を成し遂げた。当然のごとく、それらの一部はデザインが評価されたものだ。たとえば2020年11月、ドイツを代表する自動車誌「アウト・モトール・ウント・シュポルト」誌が主催する「ベストデザイン2020」、その前月には世界屈指のインダストリアル・デザイン賞「レッドドット・デザインアワード」を手にしている。前者は読者による投票、後者は21名のデザイナーや教授陣で構成された審査員によるものだ。ユーザーと専門家双方が『500e』のデザインを高く評価したことになる。
「レッドドット・デザインアワード」の受賞にあたり、チェントロ・スティーレ・フィアット(フィアット・スタイル・センター)の幹部は、以下のようにコメントしている。
「500eでは、アニマ(魂)をもった電気自動車をデザインしたいと考えました。それを導いたのは、スタイルと感情に対するイタリア的アプローチでした」「私たちはイタリアという国、フィアットというブランドが、いま何を生み出せるのかを考え、イタリアン・スピリットを表現する個性的なプロダクトを目指したのです」
今回は、この「イタリア的アプローチ」を、フィアットの解説と筆者の観察で、ひもといていきたい。

『500e』は、レッドドット・デザインアワード2020に輝いた。
イメージスケッチから。ヘッドライトを上下に二分するフロントフード開口部、それを引き継いでサイドへと続くキャラクターラインが表現されている。

笑顔のあるクルマ

『500e』のデザイン開発チームは、ニューヨーク近代美術館の永久所蔵品でもある1957年に誕生した『Nuova 500』のデザイン的遺産を継承しつつ、未来のモビリティのイタリア的解釈を模索した。『500』シリーズは、いまも昔もスタイリッシュかつクールなプロポーション、そしてクリーンなデザインで時代を象徴するシティカーである、というのが根底に流れる共通認識だ。
クリーンなラインと一貫したデザイン・ランゲージで、ブランド初のEV専用プラットフォーム上に新世代の姿を形作るにあたり、キーワードは「鮮明」「先進的」「コンパクト」の3つだったという。
結果として『500e』のフォルムは、よりしなやか、かつ優雅となり、プロポーションをより強調したものとなった。

初代『500』。これは2017年にニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久所蔵品に選定された1968年『500F』。
2007年に誕生した2代目『500』も『Nuova 500』の強固なフォルムと、キャラクターラインから下の穏やかな力感を継承していたことがわかる。

デザイン担当責任者がイタリアのメディアに語った言葉を引用すれば、トレッドが2代目『500』より50mm以上拡大されたことにより、フロントフェンダーのボリュームはダイナミックかつ彫刻的になった。
エアインテークを廃したフロントフェイスは、リアエンジンの『Nuova 500』を再現したものだ。側面から見たフロントエンドの角度は『Nuova 500』同様、路面に垂直である。いっぽうでロゴは従来の「FIAT」のエンブレムに代わり、初めて「500」ロゴを中央に配した。同時にライトブルーのアウトラインと、末尾の「0」を「e」に変えることでカラー&デザイン双方の遊びを試みている。

フロントフードは『Nuova 500』ではヘッドライトの真上、2代目『500』ではヘッドライトを抉(えぐ)るようにして分割されていた。いっぽう今回の3代目『500e』では、フルLEDヘッドライトの楕円を大胆にも上下に分割する役割も負っている。デザイン的に「分割」を再解釈したのだ。
そうして完成したフロントエンドをもった『500e』を、ブランドは「新世代になっても共感できる、屈託のないイメージを抱いた、笑顔のあるクルマ」と表現している。ちなみに、その開口部をフロントフェンダー側に回ってなぞってゆくと、到達するサイドウィンカー・ランプは『Nuova 500』の“魚雷型デザイン”を意識したものだ。

歴代のさまざまなデザイン的アイコンをリファインすると同時に、力強いホイールアーチは新世代ならではの個性である。
路面に対して垂直に切り立ったフロントエンドも初代の再解釈である。いっぽうAピラーの下端から続くフロントフード開口部は、2代目『500』から受け継いでいる。

世紀を超えた美の洗練

しかしながら、デザイン開発の資料で最も興味深いのは、『Nuova 500』と『500e』のサイドビューを比較した図である。『Nuova 500』におけるホイールアーチ経と同じ直径の真円を後輪前に置き、高さを4倍にした円心は、リアウィンドウ角度の延長線と36°の角度で交わる。『500e』もその“黄金比”をほぼ正確に継承しているのである。
この図から、レオナルド・ダ・ヴィンチが15世紀末に描いた「ウィトルウィウス的人体図」を連想するのは、筆者だけではあるまい。手足を伸ばした男性の裸体を円と正方形の中に描いたうえで、人体の各種比率が建築にとって理想的であるとした古代ローマのウィトルウィウスの理論を表現している。
そのウィトルウィウスが示した建築の三要素は、用(使いやすさ)、強(強固)、そして美(美しさ)であった。それになぞらえて『Nuova 500』も高い実用性、コンパクトながら曲面を多用したことによる強固なボディシェル、そして視覚的安定感といったファクターを、世代を超えて受け継いできた。

建築について話を続ければ、イタリアにおける世紀単位のデザイン的洗練は、歴史のなかで頻繁に行われてきた。たとえば、筆者が住む古都シエナの大聖堂のファサードは、1285年頃に建設が開始され、完成をみたのは14世紀末であった。その間、何人もの設計家や監督者の手を経ることにより、最終的にロマネスク様式とゴシック様式が融合した壮麗なファサードが完成した。
『500』のデザインも然り。かつて2代目『500』のデザインを指揮し、今日ではブランドのへリティッジ部門を率いるロベルト・ジョリートは「500のデザインは、レボリューションではなくエヴォリューションであった」と説明している。
『500e』のデザイン的完成度には、イタリアが世紀を超えて培ってきた、美の洗練の手法が宿っていることは間違いない。

1957年『500』と『500e』の“黄金比”を示した側面図。
ミラノ・スカラ座前で。『500e』は、イタリア的な美の伝承と洗練手法を、自動車デザインで具現化した例といえる。

文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Stellantis

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