歴代の『500』に共通するポイント、それは唯一無二のインテリアデザインである。
今回誕生したフィアットの新たなるEV『500e』に乗り込んだ人を真っ先に迎えるのは、大胆に広がるインストルメントパネルだ。
そこには、イタリア流の伝統と革新が息づくとともに、意外な「遊び」も隠されていた。
『500e』のインテリアは、1957年に誕生した『Nuova 500』のさまざまな要素を継承しながら、まったく新しいエレガントなデザインに仕上げているところが、注目ポイントのひとつである。
チェントロ・スティーレ・フィアット(フィアット・スタイリング・センター)は「まるでインテリアデザイナーのようにデザインし、形式的シンプルさ、クリーンな美しさ、視覚的な明快さの名のもとに空間を効率的に配分した」と振り返っている。
加えて、スイッチ類を可能なかぎり減らし、メリハリのある調和の取れたスタイルになったと説明する。
そして『500』シリーズの長いヒストリーを反映させることは、EV、レベル2自動運転、ADAS(先進安全支援システム)といったテクノロジーを、より違和感なく人々のマインドに融合させることに寄与しているといえよう。
パッケージングに関しては、ショルダースペースの背後やフットスペースの拡大に神経が払われている。フラットなフロアにリチウムイオン電池を効率良く配置することにより、十分なラゲッジルーム容量も確保されている。
『500e』のインテリアを語るうえで、環境への配慮も大切なキーである。
『500e ICON』と『500e OPEN』のシートには、本革の代わりにリサイクルレザーを使用したレザーシートを採用。また『500e POP』には、海洋プラスチックを再生したエコ・サステイナブル繊維Seaqual™️ (シーカル)のファブリックシートを使用している。
このSeaqual™️ は、スペインに本部を置く同名の国際的NGOがプロデュースしているもので、近年「サントーニ」をはじめ、イタリアのハイファッションブランドが注目している最先端の素材である。
ところで、モダナイズという点で引き合いに出すべきは、イタリアの建築だろう。
この国では新しいビルを設計する際、第一に考慮されるのは「周囲の景観と合致するか」である。建築家によって提示されたデザインは、形状、外壁の色はもちろん、窓の大きさまで、自治体の委員会によって数年がかりで審査される。
建築家は、さまざまな条件下で最大限の創造力を発揮することが要求されるのだ。
そのため、常に周囲の建築を徹底的に研究しながら、自らのアイディアを反映してゆく。
自動車のデザインの場合、世界各国の保安基準に準拠する必要こそあるが、景観と合致するかは求められない。しかし、イタリアでは多くの人々にとって、新しいモノを評価する際、過去の歴史と繋がっているか?は重要な判断基準である。
イタリア人は、自動車にも歴史との連関を無意識のうちに求めている。
歴代『500』のさまざまなアイコンを基に新たな解釈を試みた『500e』のインテリアは、エクステリアとともに近年における自動車デザインの一成功例といえよう。
それは、インストルメントパネルの意匠だけではなく、ディテールからも読み解くことができる。運転席と助手席の間に備えられた「EVモードセレクター」および「オーディオ ボリュームスイッチ」だ。1957年に誕生した『Nuova 500』の同じ位置にスターターレバーと寒冷時用チョークレバーがあったことを思い出して、親近感を抱くイタリア人は少なくないはずだ。
ところで、筆者は初めて『500e』の実車に接したときに、資料やカタログにも解説されていない、さまざまなディテールを楽しんだ。
それは『Nuova 500』とは直接つながりのない、いわばディヴェルティメント(遊び)である。
たとえば、スマートフォン用ワイヤレスチャージングパッドに、トリノの稜線がレリーフで描かれていることである。街のシンボルである「モッレ・アントレニアーナ」や世界遺産「スペルガ聖堂」など、イタリア人なら誰もが知る名所の姿が見てとれる。これまで、幾多の高級車でも試みられたことのない粋な演出が『500e』には取り入れられているのである。
さらに『500e』を観察する中で、より興味深いディテールを発見した。
それは、ドアを閉めようとアームレストに手をかけたときである。ボトム部に1957年に誕生した『Nuova 500』のサイドビューとともに「MADE IN TORINO」の文字が刻まれているではないか!見えないところの洒落心に、どこか裏地に凝ったジャケットを着たようなよろこびを感じる。
同時にその瞬間、遊び心満点のデザイナーと心が繋がった。
最先端テクノロジーを売りにした他ブランドのEVとは異なり『500e』は豊かなヒストリーとそれを発見する楽しみを秘めているのである。
文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Stellantis/Akio Lorenzo OYA