フィアットが2020年に発表した『500e(500イー)』は、英国のオート・エクスプレス誌が主催する「シティ・カー・オブ・ザ・イヤー2021」を獲得するなど、世界各国で話題になっている。
そのフィアットが、いまから30年以上も前に、初代『PANDA(パンダ)』をベースにEVを開発。欧州における量産EVのパイオニアとして、1990年から約8年間にわたり、生産・販売していた事実をご存知だろうか?
その名は『PANDA ELETTRA(パンダ・エレットラ)』。先に『PANDA 4✕4』で協力関係にあったオーストリアのシュタイア・プフ社と共同開発したモデルである。
すでに発表後10年経過していた『PANDA』をEVのベースとしていることに驚くが、コスト低減とともに『PANDA』の信頼性と評判が背景にあったことは間違いない。
後席を外したスペースに6ボルトの鉛蓄電池12個を搭載。最高出力9.2kW・最高速度は70km/hであった。航続可能距離は、当時のカタログ値で100kmである。
参考までに、現在の『500e』のカタログデータを記せば、最高出力87kW、最高速150km/h、航続可能距離は約320km(WLTP複合モード)となっている(イタリアでの値)。
『X1/23』は前部に最高出力14kWのモーター、後部にはフィアット中央研究所と米国ヤードネイ社が共同開発した鉛電池を搭載していた。スペック上の最高速度は75km/h、満充電からの航続可能距離は50km/hだった。
スペックを見る限り、前時代感が色濃く漂う。ただし、よく見ると、今日のEVにはない面白い機構を備えていたのがわかる。
ひとつはコストを下げるため、変速機にガソリン仕様から4段ギアボックスを流用したうえで、クラッチ&ペダルも用いていたことだ。フィアットの解説によれば、いったん発進すれば3速に入れたまま通常走行をすべてカバーできた。
また、進化版の『PANDA ELETTRA 2』では重量を軽減するため、スペアタイヤの代わりに今日一般的な缶スプレータイプのパンク修理剤が採用された。
さらなる驚きは、なんと「ガソリンも使うこと」だった。といっても、走行のためではない。車内暖房のバーナー用である。そうした、少しでも無駄な電気を消費しない工夫がされていた。
イタリアの旧市街(チェントロストリコ)は、公害抑制のため自動車の乗り入れを禁止している自治体が大半である。だが、電気自動車である『PANDA ELETTRA』はそうしたエリアにも進入できた。
しかし『PANDA ELETTRA』の欠点として避けられなかったのは「値段の高さ」である。その価格2560万リラは、ガソリン版『PANDA』の約3倍だった。
だが、それを克服すべく、革新的な試みが行われた。1996年トリノ市と連携して、旧市街の有名な広場「ピアッツァ・ヴィットリオ・ヴェネト」に20台のパンダ・エレットラと18台分の充電ポールを設置。時間貸しサービスを導入したのである。いうまでもなくカーシェアリングの先駆けであった。それに近い試みは、中部都市リヴォルノでも行われた。
文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 FCA Italy/Padova Auto Moto d’Epoca