PANDASTIC MAGAZINE
GIORGETTO GIUGIARO INTERVIEW
パンダは、なぜ古くならないのか。
ジョルジェット・ジウジアーロ氏が語る、デザインの「誠実さ」
時を超えるデザインとは何か。なぜ、45年前の小さなクルマが、いまも新しく見えるのか。その答えを、初代パンダを生んだ世界的デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏に聞いた。
01|THE ICON
街を走り続ける、国民的アイコン
名車と呼ばれるクルマは数多い。そのなかでも、デビューから45年以上を経たいまも街で見かける初代パンダは、特別な存在だ。
初代パンダは、シンプルなスクエアボディと高い実用性を備えた小型ハッチバック。以後23年間、基本構造をほとんど変えることなく生産され、累計約450万台を記録。イタリアを代表する国民的アイコンとなった。
「なぜ、こんなにも長く愛されるのか。」
その答えを探るため、デザインを手がけたジウジアーロ氏に尋ねた。
02|THE MAESTRO
巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロ
初代パンダを描いたのは、イタリアを代表するデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏。若くしてFIATのスタイリングセンターに入り、「ベルトーネ」「ギア」を経て、1968年にエンジニアのアルド・マントヴァーニと「イタルデザイン」を設立。手がけたクルマは200モデル以上にのぼる。初代パンダでは「コンパッソ・ドーロ」を受賞。数々の賞に輝いている。現在は、息子とともに設立した「GFG Style」のチェアマンを務めている。
そして、1970年代半ば。世界はオイルショックの余波に揺れ、自動車メーカーは低燃費化とコスト削減を迫られていた。そんな時代にFIATから依頼されたのが、初代パンダだった。
03|THE ORIGIN
“ジーンズのようなクルマ”を目指して
初代パンダに求められたのは、豪華さではなかった。
十分な室内空間があること。製造しやすいこと。そして、何より経済的であること。
当時、実用性が高く、手頃な価格のクルマを得意としていたフランス車に対抗するモデルとして、パンダの開発は進められた。
ジウジアーロ氏は、初代パンダをこう表現する。
「ジーンズのようなクルマ」 — Giorgetto Giugiaro
人を魅了するためや特別な誰かのためではなく、誰もが日常的に使える。多少ラフに扱っても気にならず、長く付き合える。その発想が、すべての出発点だった。
「十分な室内空間を確保し、製造が容易であること、そして何よりも経済的であることが求められました。」 — Giorgetto Giugiaro
思想は細部にまで貫かれた。特殊な加工を必要としない平面ガラス。多少ぶつけても直しやすい堅牢な外装。生産工程まで見据え、必要なものを残し、不要なものを削っていく——その結果が、直線を基調としたスクエアなボディだった。
発表前、そのシンプルさは「簡素すぎる」と評された。だが1980年のジュネーブショーで、パンダは人々の心をつかんだ。
04|KEY THEME
45年色褪せない理由は、“シンプルさ”
なぜ、初代パンダはこれほど長く愛されているのだろう。
ジウジアーロ氏の答えは驚くほどシンプルだ。
「パンダは、人を魅了するために設計されたわけではなく、日常的に使われるために設計されたものです。おそらく、それこそがまさに、その成功の秘密だったのでしょう——“シンプルさ”です。」 — Giorgetto Giugiaro
さらにジウジアーロ氏は、パンダをユーモアたっぷりに、こう呼ぶ。
「車輪のついた冷蔵庫」 — Giorgetto Giugiaro
最大限の実用性と低コストを両立し、必要不可欠なものだけでできた、軽い存在。装飾で魅力をつくるのではなく、“使うこと”そのものを突き詰めたデザインだ。
ただし、シンプルであっても、単純ではない。室内には、建築的な発想から生まれた工夫が息づいている。
チューブ構造のシェーズロングに着想を得たシート。
自由度の高いレイアウト。
洗えるシート生地。
移動式の灰皿。小さなボディに、快適に過ごすためのアイデアが詰まっている。「シンプル」の裏には、徹底的に考え抜かれた設計があった。
シンプルだけれど、単純ではない。
05|PHILOSOPHY
機能美という哲学
初代パンダのデザインに、「装飾を足して美しくする」という発想はない。必要な機能を突き詰め、その結果としてフォルムが生まれる。ジウジアーロ氏にとって、機能と美は、はじめから地続きだ。
「私にとって、機能性と美学は、これまで一度も別々のものではありませんでした。クルマがよく設計されているとき、その美しさは、機能性のほとんど自然な結果として生まれるものなのです。」 — Giorgetto Giugiaro
シンプルであること。
広々としていること。
実用的であること。
軽量であること。
使いやすいこと。
求められた条件にひとつずつ向き合い、そこにフォルムを与える。ジウジアーロ氏が手放さないのは、デザインにおける「誠実さ」だ。
- COLUMN|DESIGN TRIVIA
初代パンダが生まれた1970〜80年代のイタリアでは、レンゾ・ピアノやミケーレ・デ・ルッキなど、世界的な建築家たちも新しい表現を追求していた。
合理性を重視するジウジアーロ氏のデザインとは異なるアプローチだが、パンダにも、機能のなかに宿る遊び心を見ることができる。
06|WHAT NEVER CHANGES
“誠実さ” — 変えてはいけないもの
もし、いまジウジアーロ氏がパンダをデザインするとしたら—。現在は、時代も、技術も、安全基準も、人々の好みも、1980年代とは大きく変わっている。それでも、変えてはいけないものは何か。
「今もなお、室内空間、人間工学、そして何よりも使いやすさというものは、不可欠な要素です。」 — Giorgetto Giugiaro
そして、こう続ける。
「もし今、パンダを設計するとしたら、私は今もなお、あの同じ“誠実さ”を追求すると思います。」 — Giorgetto Giugiaro
装飾を削ぎ落とし、機能を豊かにする。必要とされることを、本当にうまくやり遂げる。それこそ、時代が変わっても失ってはいけないものだ。
- FROM PAST TO PRESENT
初代パンダが後の世代に投げかけたのは、「空間」「人間工学」「使いやすさ」という問いだった。それは決められた「答え」ではなく、その後のパンダを考えるうえでも、参照され続ける重要な基準であり続けてきた。
変わるものがある。変わらないものもある。パンダの歴史は、その両方を映している。
07|MESSAGE
次世代へのメッセージ
最後に、これからものづくりを担う若い世代へ。ジウジアーロ氏の言葉は、デザイナーだけに向けられたものではない。
「デザイナーは、好奇心を持たなければなりませんが、それと同時に、現実を観察し、耳を傾ける力も必要です。」 — Giorgetto Giugiaro
テクノロジーはかつてないほど進化している。しかし技術そのものが、デザイナーやつくり手の思考に取って代わるわけではない。
学び、探求し、知識を深める。
創造性だけに頼らず、技術的な視点を持ち、時代の変化についていく。
「常に技術的なアプローチを取りながら、そして常に時代の変化についていくこと——それが、私が若いデザイナーに贈りたいアドバイスです。」 — Giorgetto Giugiaro
ジウジアーロ氏の語る「誠実さ」は、クルマのデザインにとどまらず、これからのものづくりを考えるうえでの、ひとつの普遍的な答えなのかもしれない。