今年のフィアットのカレンダーのコンセプトは「ドルチェヴィータ」。イタリア語で、直訳すると“甘い生活“という意味です。
2025年のフィアットカレンダーはドルチェヴィータにぴったりなイタリアの人気のスポットを描いています。
今回の記事では1月&2月のカレンダーの舞台であるドロミティ山脈についてお伝えします。
現在、2月のカレンダーがダウンロード可能。ダウンロード方法は、記事の最後に掲載しているので、ぜひチェックしてください!
イタリアの冬の人気スポット、ドロミティ山脈
イタリア語で「セッティマーナ・ビアンカ(settimana bianca白い週末)」とは、冬のヴァカンスのこと。夏休みとともに大切な休暇シーズンです。最新ニュースによると、2025年1-3月に800万人ものイタリア人がセッティマーナ・ビアンカを楽しみます。目的地のトップは、今回紹介するドロミティ地方を含む北部トレンティーノ-アルトアディジェ州です(文中データ出典:Confcommercio)。
ドロミティ山脈の東側に位置するコルティナ・ダンペッツォは高級リゾート地。イタリア屈指のファッショニスタでもあったフィアット創業家のジャンニ・アニェッリをはじめ、セレブリティたちに愛されてきました。このエリアは2026年にミラノ・コルティナ・ダンペッツォ冬季オリンピックが開催されることから、さらに注目を浴びることでしょう。
▲イタリア北東部に位置するドロミティ山脈。2009年には世界遺産に登録されています。Photo:Envato
ドロミティ山脈にアクセスする方法はいくつかありますが、高級リゾート地コルティナ・ダンペッツォが東の玄関口であるのに対して、今回紹介する街ボルツァーノは西側の“扉”といえます。現在のオーストリア国境までわずか85キロメートル。繁栄のきっかけのひとつは、アルプスをまたぐブレンナー峠のおかげでした。あの作曲家モーツァルトや「イタリア紀行」で知られるゲーテも、その峠越えをしてイタリアに至りました。
▲ボルツァーノの中心であるヴァルター広場とマリア・ヒンメルファールト(サンタ・マリア・アッスンタ(聖母被昇天)大聖堂。15世紀に従来存在した教会の上に工事が始まり、現在に続く後期ゴシック様式の聖堂が建てられました。1944年の連合軍による空襲で甚大な被害を受けたのち、4年後の1948年に修復されました。
ドロミティおよびボルツァーノ地方の歴史は複雑です。一帯は16世紀初頭からハプスブルク家出身のオーストリア大公と神聖ローマ皇帝の領土となりました。続くナポレオン時代はイタリア王国の一部となりましたが、ウィーン会議でオーストリア帝国領へ。そして第一次世界大戦後の1919年、南チロル一帯が旧イタリア王国に割譲されて今日に至っています。領有権の観点でいえば、現在の姿になってから百年しか経っていないのです。
▲ムニチピオ広場に面したグラッポリ通りには、伝統的な家屋が軒を連ねています。ファサードは、ロココ調の化粧しっくい(スタッコ)やフレスコで美しく装飾されています。毎年11月から年明けにかけて立つクリスマスマーケットには、アルプス風情緒を求める人々のためにイタリア各地からツアーが組まれます。
現在、ボルツァーノ(南チロル-アルト・アディジェ)における言語別の人口構成比は、ドイツ語が69.4%、イタリア語が26%、ラディン語(ドロミティ語)が約4%です。一帯を含む特別自治州では、公的機関においてイタリア語同様にドイツ語が使用できることが法律で認められています。そのため、イタリア半島の多様性をもっとも感じる地域のひとつです。12月から1月初旬まで催されるクリスマス・マーケットをピークに、毎冬各地からバスツアーが組まれます。さて、ボルツァーノへの旅気分を味わうために、地域で人気のチロル感覚あふれるお土産や風味をいくつか紹介しましょう。
▲ボルツァーノ駅のホームで。駅名表示板もドイツ語のBozenとイタリア語のBolzanoの2か国語が併記されています。ここを走るブレンナー鉄道はオーストリアのインスブルックとイタリアのヴェローナを結んでいます。
▲鍛鉄製の張り出し看板。アルプス以北の歴史的旧市街でよくみられるものですが、ここボルツァーノにも。
▲「ベルクケーゼBergkäse(ドイツ語で山のチーズの意味)」は南チロル地方における高地の牧草地で夏の間、低温殺菌した牛乳から生産されます。そのアロマ風の風味は「草原の香り」と評されることも。
当地域で人気のローカル土産 : チロルの人々を暖めてきたルームシューズ
チロル一帯のマルクト(メルカート)でよく見かけるもののひとつに、見るからに暖かそうなルームシューズがあります。パントーフォレ・チロレージ(チロルのスリッパ)です。古くは、酪農家が刈り取った羊毛をアッパー部に、使い雑巾を重ねて厚い靴底を縫い付けて家族用に作っていたのが始まりでした。20世紀初めまでは男性がお祭りの日に、ウールやフェルトのスリッパを履いていたといいます。今日も家履き用だけでなく、外履きタイプが豊富。履き口にチロリアンテープをあしらった、お洒落なものもポピュラーです。幾代にもわたってチロルの人々を包んできた暖(だん)を、あなたも。
▲チロルのスリッパ。暖かいだけでなく通気性にも優れているところは、まさに先人の知恵です。
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