“西洋の書道”と呼ばれるカリグラフィー。美しく、オシャレに描かれたその文字表現は、異国情緒を感じさせると共に、自分もこんな風に描くことができたら……という憧れを掻き立てます。ここではカリグラファーで作品を手掛けながら、講師としても活躍されている浅岡千里さん(しかもフィアットオーナーさん!)にご登場いただき、カリグラフィーの奥深き世界についてうかがいました。
浅岡さんはどのようにカリグラフィーと出会ったのですか?
「私が最初に就職した会社はワープロやタイプライターの大手製造メーカーで、タイプライター事業部に所属し文字開発をサポートしていました。そこでまず文字というものに興味を抱いたのです。その頃、マーサ・スチュアートという、今でいう“映え”を取り入れたライフスタイルや料理、園芸などの発信をしていたアメリカの女性がいて、彼女が雑誌でカリグラフィーを紹介していたんです。その頃、私はプライベートで主人と結婚式を挙げる準備をしていて、カリグラフィーでウェディングを素敵に演出できることを知り、招待状や席札などをすべて自分で手掛けたいと思ったんです。それで地元の文化センターで習い始めたのが、カリグラフィーとの出会いでした」
浅岡千里さん(左)とご主人の久典さん(右)。
カリグラフィーの定義についてお聞きしたいのですが、手で綺麗な文字や絵を描くことがカリグラフィーと捉えてよいでしょうか。
「カリグラフィーの“カリ”が美しいという意味で、“グラフィ”は書写、描画、図を表すギリシャ語から派生した言葉です。ですから意味としては“美しく書かれたもの”ということになります。文字デザインの世界にはレタリングという言葉もありますが、レタリングがアウトラインの中を塗り込んでいくようなイメージであるのに対し、カリグラフィーは筆を持つ手の動きやリズムにより一度に形を作っていきます。PCなどのフォントが決められたひとつの文字のみを使うのに対し、カリグラフィーは書道と同じで人の手により描かれますので、前の文字から受け継いだ呼吸を次の文字に受け渡していく。そこに書き手の想いが込められるのが特徴です」
音楽でいうスタジオ収録とライブの違いに似ていますね。
「そうですね。ライブではアーティストと観客の呼吸が組み合わされるように、カリグラフィーには書き手とペンの呼吸や、ペンと紙の相性、そしてインクや湿度など様々な要素が関わり、ふたつとして同じものは存在しません。そこはライブと同じ感覚ですね」
浅岡さんはカリグラフィーのどんなところに面白みを感じているのでしょうか。
「アルファベットは大文字と小文字で26文字×2で52文字からなりますが、ひとつひとつの文字に意味はなく、他の文字と繋がって初めて意味を成します。詩を唄いあげるとき、同じ詩でも語り手によって聞こえ方は異なるし、語り手の唄い方によっても伝わり方が変わりますよね。カリグラフィーも同じで、描く文字ひとつひとつに世界観を乗せられる。そこに魅力を感じています」
浅岡さんはカリグラフィーの作品を手掛けると共に、講師もされています。
カリグラフィーには、どのようなものに応用できるのでしょうか。最終的に形になったものにはどのようなものがありますか。
「よく知られているものがグリーティングカードです。他にもパッケージや包み紙、看板など、様々なものに応用できます。手で描いたものを版下やデジタルを介して様々なものに転用できますので、お店の装飾やパネルも作れますし、また、壁に直接描いたり、グラスに彫ることもできます。革製品を扱う有名なブランド、ベルルッティには『カリグラフィ』シリーズというカリグラフィーによる装飾を施したラインがありますよね。文字が載せられるものなら何にでも応用できます」
浅岡さんのIG:https://www.instagram.com/_ch_is_art_o_/
浅岡さんの得意とする分野について教えていただけますか。
「私が力を注いでいる特徴的な作品は、刺繍の図案をベースに文字を表現したものです。刺繍の柄が一見するとお花のように見えて実は文字であるという、そういう作品です。刺繍をやりたくて始めたところ、レースを編む手の動きから生まれる表現が、紙ベースの作品にも展開できることに気づいたんです。芸術には紙や布木や鉄など作品のベースとなる支持体と呼ばれるものがありますが、その支持体と使用する道具により作品の味わいは変わってきます。それと同じように紙とペンの世界にいた私は、好き放題に作品を作っていたつもりでも、いざ支持体を変えて生地と針を使った作品作りをしたことで、表現に広がりが生まれることに気づいたのです。実際、刺繍の作品作りをペンの世界に持ち込んだところ、“今まで見たことのない作風ですね”と言ってもらえたこともありました。そうした新たな表現を見つけたり、世界が広がったりするところもカリグラフィーの面白いところだと感じています」
浅岡さんの得意分野であるレースを用いた作品。柄のように見える模様は実はアルファベット文字で、詩やメッセージが込められています。
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