フィアットが『500e』のローンチを機会に、イタリアの偉大な3ブランドと共作したワンオフ(一品製作)プロジェクト。そのひとつが、デザイン家具で有名な「Kartell(カルテル)」とのコラボレーションである。
カルテルは1949年に実業家のジュリオ・カステッリによってミラノ南郊ノヴィリオに設立された。参考までにカステッリは、1956年にイタリア工業デザイン協会(ADI)を共同で設立。彼らが創設した「コンパッソ・ドーロ」賞は、イタリア工業デザイン水準と知名度向上に大きな貢献を果たした。
プラスチックを積極的に活用し、最新技術も果敢に取り入れることで、それを単なる機能性重視のマテリアルからラグジュアリーなアイテムへと進化させたカルテルの功績は大きい。現在のカルテルは、カステッリの義子クラウディオ・ルーティによって率いられ、再生プラスチックの応用にも積極的に取り組んでいる。
カルテルは、創業以来多くの工業デザイナーのアイデアを実現してきた。そのリストにはマリオ・ベッリーニ、フィリップ・スタルクといった欧州デザイン界のレジェンドが名を連ねる。近年では、日本の吉岡徳仁、佐藤オオキも参画している。
ミラノ国際家具見本市でカルテルは、極めてデザイン・コンシャスなブースを展開するのが恒例だ。実際筆者も毎回会場を訪れるたび、真っ先に目に飛び込んできたのは、カルテルのコーナーといっても過言ではない。デザインを担当しているのは、カルテルと二十数年来の関係を保ってきたフェルッチョ・ラヴィアーニである。
ここまで、カルテルをデザイン家具のブランドと記してきたが、家庭のみならず公共性の高い空間への製品提供も少なくない。プラハの古典的なオペラハウスやパリのイタリア大使館に納入したファニチャーは、伝統的建築物とプラスチック家具の共存が可能であることを証明しており、まさにカルテルが70年以上にわたって追求してきた成果といえる。
今回カルテルがフィアットとコラボレーションした『500e カルテル』では、スチール、ガラス、ゴム、プラスチック、そしてファブリックといった各素材を「カルテル・ブルー」で統一している。コーポレートカラーのひとつであるその色は、20世紀のフランス画家で、モノクローム絵画で知られるイヴ・クラインが考案した顔料「クライン・ブルー」に由来する。
しかしながら最も注目すべきはディテールである。『500e カルテル』には、前述のラヴィアーニによるデザインの「カブキ」ランプに用いたテクスチャーを反映させている。カブキ・シリーズは、射出成形、テクノポリマー、レンズ製造技術、特殊切削プロセスといった最新技術と手作業を組み合わせたプロダクトで、今日のカルテルを象徴する傑作のひとつである。2年におよぶ試作ののち、2016年にリリースされた。
カブキのパターンはフロントグリル、リム、そしてエクステリアミラーハウジングに見ることができる。いずれも使用済みヘッドライト・リフレクターを再生したポリカーボネイト製で、カブキのパンチングによるパターン加工が反復されている。
インテリアは、外装のカルテル・ブルーと好対照の明度を発している。ここでも、インストルメントパネルのポリカーボネート・カバーやシートにはカブキの柄が反復されている。プラスチックはカルテル製最新チェアと同様、100%再生ポリプロピレン製だ。また、ファブリックにはフル・リサイクルのポリエステルが用いられている。
ところで、ルーティは『500』の存在に特別な思いを抱いている。
「(1957年に発表された) 500は、私が運転免許証を取得して最初に乗ったクルマで、青春時代の最も輝かしい時期の相棒でした」とその理由を語る。
それを証明するように、カルテル本社の併設ミュージアムにおいて、創業時代を象徴するものとしてビジターを迎えてくれるのは、全体が白く塗装された往年の500のオブジェである。
「だから、今回の500eプロジェクトを依頼されたときは、感動を伴った大きなよろこびを感じ、即座に引き受けました」と振り返る。
『500』の話題になった途端、多くのイタリア人はそれぞれのノスタルジーに包まれる。他のEVと異なり、最新テクノロジーの裏に人々の思い出を感じさせる『500e』は、この国で感性あふれる人々を刺激し続けるに違いない。
文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Stellantis