雪道での実力を試したくて往復750kmドライブ 日本各地で桜を喜ぶ声が聞こえ始め、雪景色なんてもうほとんど残っていないんじゃないか? という3月下旬のある日。冬の名残を探して、フィアット・パンダ・クロス 4×4で往復750km少々のロングドライブに出掛けてきました。なぜなら、この小さいのにちょっとワイルドなヤツを装ったヤンチャ坊主のようなパンダ・クロスが、ホントのところはどこまで逞しいのかを知りたいな、と思っていたからです。 結論から述べてしまうなら、このパンダ・クロス、成り立ちから分析してみた自動車ライターとしての予想どころか、イタリア車好きとしてのひいき目込みの期待感をも大きく超える走破性の高さと、1台のコンパクトカーとしての完成度の高さを、ハッキリと見せつけてくれました。それはもうちょっとした驚きといえるほどに。 ジェントルなパンダがワイルドに変身 パンダの4WDモデルは、これまでも限定車というかたちで何度か上陸を果たしています。このパンダ・クロスが従来のパンダ 4×4と異なるのは、主としてルックスでしょう。動物の方のパンダみたいな目の周りの黒と、その目元に埋め込まれたフォグランプ。フロントのバンパーの下側にはシルバーの樹脂製スキッドガードが備わり、左右に赤いトウフックが顔を出しています。リアのバンパーもスキッドガード風のデザインになり、コンビネーションランプもフロントと同様に黒いプロテクションで覆われています。 そうした遊び心のあるアレンジが加えられたおかげで、かわいらしくも穏やかな印象のパンダが、一気にワイルドなオフローダーへと変身したかのようです。そしてこのバンパー周りのデザイン変更は走破性の向上にもつながってることが、数字の上からも解ります。アプローチアングルが24°、デパーチャーアングルが34°と、それぞれ通常のパンダ 4×4より1°ずつ向上しているのです。いずれも凸凹道や急坂道を走るときの路面と車体の干渉の度合いを知るための参考になる値。つまり、より干渉しづらくなっている、ということですね。 他にもルーフレールがよりキャリアやボックスを取り付けやすい形状のハイトの高いものへと変わっていたりして、パンダ・クロスがフィールドを楽しむことをこれまで以上に考えて作られたモデルであることが分かります。 機能の面では、従来のパンダ 4×4ではダッシュボードにあった“ELD”、つまりエレクトロニック・ロッキング・ディファレンシャル(=電子式デフロック)のスイッチが廃止され、センターコンソールにドライブモードのセレクターダイヤルが備わったのが新しいところです。モードは通常走行のための“オート”、4輪の駆動力配分のレスポンスを高めるとともに、それぞれのタイヤにブレーキ制御をかけることで空転を抑えるLSD的な機能も働く“オフロード”、滑りやすい急な下り坂で自動的に細かくブレーキを介入させることで安全性を高める“ヒルディセントコントロール”の3つ。これもフィールドを楽しく走るために有効なものですね。 それ以外は、基本的にはこれまでのパンダ 4×4と一緒です。路面から車体の最も低い部分までの高さが161mmと、パンダのFFモデルよりも遙かに大きなロードクリアランス。通常は前輪に98%、後輪に2%の駆動を送り、走行状況や路面状況に応じて駆動力の配分を瞬間的に変化させる、トルクオンデマンド式のフルタイム4WDシステム。アイドリング付近から素晴らしく粘り強いトルクを発生させるツインエア・エンジンに、いかなるときも駆動力のことを考えてるといわんばかりの低いギアレシオを持った6速マニュアルトランスミッションの組み合わせ。姉妹ブランドのジープと同じとまではさすがにいきませんが、パンダ 4×4は元々がいわゆる“生活ヨンク”と呼ばれるクルマ達よりも一段高いレベルの、しっかりした4WD性能が与えられているモデルなのです。 背が高いのにワインディングロードでもよく曲がる このクルマで350kmほど先の雪景色を目指したのですが、そこまでのアプローチの大半は街中走行や高速道路でのクルージング。僕はその段階でもう、パンダ・クロスに好印象を持ちました。直列2気筒875ccターボのツインエア・エンジンが意外や速い、というのはよく知られた話でしょう。85ps/5500rpm、145Nm/1900rpmという数値だけ聞かされたら期待は持てないように感じられるでしょうけど、このエンジンはトルクの沸き立たせ方が巧みで、ゴー&ストップを含めた街中でも扱いやすく走らせやすく、高速道路に入れば巡航しやすいうえに力不足もじれったさも全く感じないという出来映え。ギアレシオが全体的にFFモデルより低い設定であることも手伝って、巡航状態から加速していくときの素早さも増しています。発表されている0-100km/h加速タイムは12秒と、スポーツモデルではないこのクラスのクルマとしては優秀な数値。体感的にも日常生活において、あるいは日本の交通状況の中で、不満らしい不満に繋がることはないでしょう。 雪が残るエリアへの山道の登り坂は、当たり前のようにツイスティなワインディングロードです。スタンダードなFF版パンダは、そのルックスにはそぐわないフットワークのよさを見せてくれるクルマとして高い評価を得ています。そこから推定値で65mmほどフロアの位置、つまり最低地上高が高くなってるパンダ・クロスは、もちろん重心そのものも高くなってるわけで、本来ならグラついたり揺り戻しが大きく出たりしてもおかしくありません。こうした場所は苦手分野だろう、という先入観を持たれても不思議はないのです。が、いやいや、とんでもありません。確かにコーナーを曲がるときの車体の傾き具合はやや大きくなってはいます。けれどその動きはとっても自然で解りやすいし、何より元々の持ち味が健在。ステアリング操作に対して素直なフィールを感じさせながら気持ちよく曲がってくれるハンドリングは気持ちいいし、そうしたときのしっかりと腰を粘らせながら路面を捉えていく安定した曲がりっぷりには感心させられます。ツインエア・エンジンのどこからでもしっかりと力を送り出してくれる性格は、コーナーから立ち上がって次のコーナーに向かうまでの爽快な加速を作り出してくれます。マニュアルトランスミッションならではの“操縦してる”感の強さは、今や貴重ともいえるドライビングの根源的なおもしろさのひとつ。パンダ・クロスで走るつづら折れ、実は望外に楽しいものだったのです。 雪道や泥濘みではっきり生きる見た目以上の逞しさ なので、この時点ではとっくに “パンダ・クロス、いいなー!”なんて感じていました。けれど、山を登り切った辺りの雪景色の中に辿り着き、積雪した路面、凍った路面、それが組み合わさった路面、陽当たりがよく雪が融けて泥々になった路面など、滑りやすいところをたっぷり走ってみると、それはいとも容易く“パンダ・クロス、ものすごーくいいなー!”に昇格したのでした。 なぜなら、この4WDシステム、かなり優秀なのです。4つのタイヤのそれぞれが駆動の強弱を滑らかに素早く変化させながら、確実に路面を掴んで前に進んでいく。その様子が車体やステアリングを通じて伝わってきます。わざとアクセル操作をラフにして前輪を空転させようと試みましたが、空転はしたかしないかの一瞬だけ。ほとんど同時に後輪の駆動力がグッと膨らんで、全く何事もなかったかのように前に進んでいきます。わざと4つのタイヤが不安定になるようなドライビングも試みましたが、どこかが安定を失えばどこかが補う、それも瞬きする間もなく……といった感じで、破綻させるのが難しいほどでした。磨き上げられたアイススケートのリンクのような場所でそれなりの速度域まで持っていくなら話は別でしょうが、僕達が普通にこのクルマで入っていける場所ならほとんど全て、どこだって走れちゃうんじゃないか? と感じたほどでした。僕は駆動力配分の変化のレスポンスのよさが欲しかったので走行モードを“オフロード”にして走ることが多かったのですが、最初から最後まで“オート”でも全く問題はなかったかも知れません。パンダ・クロスはカッコだけの見かけ倒しとは全く異なる、実に逞しく頼りになる相棒だったのでした。 懐深く大人びた、疲れ知らずの乗り心地 そしてもうひとつ。足元の悪いところを楽しんで、下りのワインディングロードも楽しんで、再び高速道路をひた走って東京に近づいたときのこと。夜中に出発するときにリセットしたオドメーターは、650kmを超えてました。けれど、それほど疲れを感じてないことに気づいたのです。走っていて楽しかったからというのも無視できない要因ではあると思うし、自分自身が長距離に慣れてることも要因のひとつだったかも知れません。が、何より乗り心地がよかったのです。地上高を上げるのに伴ってサスペンションのストローク量を大きくしたことを、キッチリと活かしているのでしょう。路面の凹凸をしなやかに吸収し、不快な衝撃として伝えてくることがほとんどないのです。加えてクルマそのものの高速走行時の直進性がいいこと、ステアリングの座りがよくて反応も機敏すぎず素直であること、シートが上手く身体を沈み込ませて安定させてくれること、車体がとにかくコンパクトだし視界もいいから気疲れが少ないこと、なども疲れ知らずの要因でしょう。スポーツカーのような姿はしていませんが、本来の意味でのグランドツーリングには、このクルマは最適な1台といっていいかも知れません。 しかも軽く衝撃を受けるほどの出来映えなのに、値段は200万円台半ばほど。このクラスの4WDモデルとしては、コストパフォーマンスはピカイチです。何だかホメ過ぎのような気がしないでもありませんが、ウソはなし。僕自身、憧れてるライフスタイルへのターニングポイントに辿り着いたらこのクルマを手に入れたい、と感じてしまったくらいです。様々なSUVにも4WDモデルにもこれまでたっぷり試乗してきたというのに、あっさりと……。 先日発表されたばかりのモード グレーのパンダ・クロス 4×4も、カラーリング以外はほぼ同一の仕様。鮮やかなイエローとは異なりますが、少し大人びたシックな雰囲気がまた魅力的です。215台の限定ですが、こちらもまた人気を呼びそうですね。 いずれにしても、パンダ・クロス、おそるべし。フィアット、おそるべし。そんなふうに痛感させられた、春先の雪景色探訪ロングドライブだったのでした。 文 嶋田智之(自動車ジャーナリスト) 写真 神村 聖