イタリア人にとって懐かしい名前のクルマが復活。フィアットが2023年7月4日に欧州で発表した小型のシティーコミューターEV(電気自動車)『Topolino』です。イタリア在住のジャーナリスト・大矢アキオ氏に、新『Topolino』の解説とともに、その偉大なルーツをひも解いていただきました。
この度、発表された新たな『Topolino(トポリーノ)』は、都市部や近距離移動を主な用途とした2人乗りのEV(電気自動車)です。全長×全幅×全高は2,535mm×1,400mm×1,530mm、そしてホイールベースは1,730mm。最高出力6kWhのモーターで前輪を駆動します。最高時速は45 km/hで、満充電からの航続可能距離(WMTCモード)は75kmです。
フィアットは、EVならではのカーボン(二酸化炭素)フットプリントやサウンド(騒音)フットプリントの削減、そしてコンパクトなサイズによるスペースフットプリントの削減という、都市で持続可能な自由を実現するためのすべてを備えている、と強調しています。
控えめなパワーとスピードには理由が。欧州連合の『ライト・クアドリサイクル』という超小型車規格に準拠しているのです。このカテゴリーは、長年ヨーロッパで主に小さなメーカーが手掛けてきましたが、近年はいくつかの主要自動車ブランドが参入を試みています。超小型車扱いとなることで、『Topolino』もイタリアでは14歳から原付二輪免許で運転が可能です。
車型はクローズドボディと、『ドルチェヴィータ』と名付けられたオープンの2タイプ。『ドルチェヴィータ』はドアさえ持ちません。1960年代の『Nuova 500』や姉貴分である『600』をベースに、数々の外部製作者が手掛けたビーチカーのデザインが反映されています。
2つのボディタイプともカラーは『ヴェルデ・ヴィータ』の1色。ホイールデザイン、インテリアも1種類と、ラインアップでもミニマリズムが実践されています。
“Topolino(トポリーノ)”とはイタリア語で“小ネズミ”を意味します。実はこの名前、1936年にデビューしたフィアットの小型車にも使用されていたのです。正式名は『500(チンクエチェント)』といいます。
ここで疑問を抱く方のために説明すると、実は“500”というネーミングは、この初代『500 Topolino』が最初でした。つまり、今日多くの人が思い描く1957年『500』より前に『500』は存在したのです。1957年『500』を呼ぶとき、あえて“新しい”を意味する“nuova”を加えて、『Nuova 500』とするのは、そのためです。
『500 Topolino』の開発に参画したダンテ・ジャコーザは、後年フィアット史上に残る名設計者となります。でも、実は彼がいたグループは、それまで乗用車をデザインしたことがありませんでした。おかげで、既成概念にとらわれず、シンプルなシャシー(車台)+全体の剛性に貢献するボディワークというアイデアを生むことができたのです。
では、なぜ“小ネズミ”なるニックネームが付いたのか?答えは、そのデザインにあります。初期型である『500 Topolino A』および、それに続く『500 Topolino B』のラジエターグリルは、1930年代に流行した流線型を巧みに取り入れた形状でした。下に向かって三次元に絞られており、あたかも小ネズミの顔をイタリア人に連想させるデザインでした。2人乗りに割り切ったボディ形状も、すばしっこく走り回るネズミに似ていたことは想像に難くありません。
『500 Topolino』は、そのシンプルな設計や機敏さによって、外部のカーデザイナーやカロッツェリア(馬車や自動車の車体をデザイン・製造する業者)を魅了しました。結果としてさまざまなスペシャルボディやレーシング・スペシャルが誕生しました。かつて、イタリアを代表するカーデザイン・ハウスだった『Bertone(ベルトーネ)』のヌッチオ・ベルトーネも、自らレースに出場するため、1936年『500 Topolino A』をベースに軽快なバルケッタを製作しています。
ところで、世界で最も有名な『500 Topolino』といえば、戦後のロマンティック・コメディ映画『ローマの休日』の劇中車です。エディ・アルバート演じるカメラマンが、グレゴリー・ペック扮する米国人新聞記者とオードリー・ヘプバーン演じる王女を乗せて駆け回ったのは、『500 Topolino A』でした。
ただし、彼らの人数を考えてみてください。そう、定員オーバーだったのです。実際『500 Topolino』には、あるエピソードがあります。第二次世界大戦後、輸送手段が不足していたイタリアで、たびたび人々は最初期型である『500 Topolino A』に定員を超えて乗り込んだばかりか、荷物を満載していました。幸いオードリーたちは無事でしたが、街では重さに耐えかねて後輪のカンチレバー(片持ち)式板バネが折れてしまう車両が多発したのです。そこでフィアットは1948年、改良型である『500 Topolino B』をリリースする際、後輪のサスペンションを、より強固な長い半楕円板バネに改めました。
1949年には、『500 Topolino』の最終型である『500 Topolino C』がデビュー。小ネズミ風の顔は大きく変化しました。しかし、比較的年代が新しいことから、イタリアでは今日でも村祭りで昔の雰囲気を演出する脇役として飾られていたり、結婚式では新郎新婦の送迎車として活躍しています。以前、筆者宅のご近所さんだったお年寄りの家にも1台が仕舞われていました。そればかりか予備のシャシーまで保管されていて驚いたものです。
『500 Topolino C』は1955年に生産終了しましたが、今でもイタリアのテレビドラマなどでは『500 Topolino』のエンジン音を聞くことがあります。時代を象徴する効果音して用いているのです。そこからも、イタリアの人々がいかに親しんでいたかが窺えます。
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