女性向けメディアの運営に携わり、若くしてディレクター、COO、社長へとキャリアを重ねてきた坂梨亜里咲さん。プライベートも充実し、順風満帆な日々を送る中、結婚前に受けたブライダルチェックで不妊症が判明。予期せぬ転機を前にして戸惑いつつも決して後退することなく、自身の妊活に取り組みながら新しい事業を立ち上げました。“女性の一生の健康に寄り添っていきたい”との想いで生み出されたウーマンウェルネスブランド『Ubu』、2021年内に正式ローンチ予定のオンライン診療ピルサービス『mederi Pill』 、そしてご自身が思い描く理想の未来について、語っていただきます。
*FIATは、すべての女性たちにエールをおくる『#ciaoDonna』というプロジェクトを実施中。女性がより輝く毎日を送れるようにサポートするフェムテック企業を応援しています。
-女性向けのWebメディアを手がけていたときにご自身の不妊がわかったそうですが、そこから新規事業を立ち上げるまでにどのような経緯や想いがあったのでしょうか?
当時運営していたのがハッピーなメディアだったこともあり、できるだけ仕事と切り離して、いわば無の気持ちでひそかに不妊治療に向き合おうと思っていました。一般的に“不妊”は隠したいことですし、自分でもそう思っていたんです。でも実際に経験してみると「こんな向き合い方でいいのかな?」「自分らしさって何だろう?」と違和感がありました。
30歳目前のタイミングでしたが、不妊という事実を正面から受け止めて、むしろウィークポイントをプラスに変えていこうと。ほかの女性たちに何かしらのきっかけを与えていけたら、と考えたんです。
-そうして誕生したのが、妊娠に備えた体づくりに必要なサプリメントと、妊娠や感染症に関係のある膣内の状態を自宅で簡単にチェックできるキット『Ubu』ですね。たくさんの女性に愛用されていますが、どういった感想が寄せられていますか?
「どんなサプリにすべきか迷っていたので、出会えてよかった」「妊娠に向けて重宝している」「オシャレで持ち歩きやすい」と喜んでいただいています。デザインについては、自分自身が従来のサプリメントに不満を感じていたので、バッグにサッと入れて持ち歩けるように、とこだわりました。
『Ubu』って、解約される理由の多くが「妊娠したから」というとてもハッピーなものなんです。みなさんに「おめでとうございます!」というメッセージをお送りしています。
-たしかにその解約理由はものすごくハッピーですね!ご自身の体験を経て立ち上げられたブランドですから、相当な想いがこもっているのでは?
思い入れが強すぎて、最初は妊活中の人だけでなく、前段階の若い層にも届くだろう、届けたい、と思っていたんです。『Ubu』は、いま子どもがほしい人には十分に訴求できましたが、“いつか産みたい人”“未来のために備えたい人”には思いの外、届かないなぁと。そこはひとつの反省点でもあり気づきでした。そもそも、日本には予防医学が根付いていないので、“未来の妊娠のために”という考え方も定着していませんからね。
でも、この体験があったからこそ次のサービスにつながったと思っています。
-仕事が多忙な中での不妊治療は、負担も大きかったのではないでしょうか?
とにかく事業のことで頭がいっぱいで、悲観している時間すらなかったのが逆によかったかもしれません(笑)。不妊治療は病院の待ち時間がとにかく長いんです。私はPCさえあれば待合室でも仕事していましたが、そういう働き方が難しい場合、やはり法の整備や会社のサポートが不可欠ですね。
でもそれ以上に重要なのは夫婦の関係性です。子どもを身ごもったら終わりではないし、パートナーとの絆が何より重要だと思っています。治療を始めてみて、「思った以上に大変なことだ」と感じたので、夫としっかり話し合う時間を持ちました。治療を続けるには相当なお金がかかります。それでも本当に子どもがほしいのか?治療は具体的に何年続けるか?などを徹底的に話し合ってクリアにしていったんです。互いの価値観がずれたまま続けるのはつらいですから。結局、さまざまな選択肢を視野に入れながら、私が34歳になるまで治療を続けてみようと決めました。
-ご自身の気持ちとはどのように向き合っていらっしゃいますか?
不妊治療は目標やゴールを決めておかないと精神的に消耗すると思うので、ある程度の期間や指標を決めたほうがよいと思います。 私は普段から10年単位で将来の計画を立て、具体的な目標を決めるようにしています。20歳のとき「25歳までに一人前の社会人になる。27歳までに結婚する。30歳までに子どもを産む」という目標を立てたんですが、一番計画通りにいかなかったのが“妊娠”だったんです。ほかのことはお金や時間をかければ何とかなるけれど、これだけはなんともならない。
でも、できることが10あるとしたらそれを1つずつやっていこう、それでもダメならすっぱりあきらめられる、と思いました。期限を区切り、できることは全部やる。そう決めたら、精神的にもけっこう安定していましたね。
-『Ubu』を経て誕生した新たな事業『mederi Pill』が、いよいよ今秋、2021年11月に正式ローンチですね。
6月にプレリリースを行い、先行会員登録に関しては想定数以上の方にお申し込みいただき、大きな反響をいただいています。センシティブな領域ですが、みなさまからの期待値の高さを感じていますね。
『mederi Pill』は低用量ピルの処方を希望される女性とオンライン診療をしてくれる産婦人科医をつなぐマッチングプラットフォームなのですが、大前提としてピルのメリット・デメリットを丁寧に発信していきたいと思っています。ピルのことを正しく知っていただいた上で申し込んでいただける構成になっています。
-ピルには“避妊”以外にもさまざまなメリットがあるんですよね?
そうなんです。私自身、生理不順を治すために十代の頃から飲んでいましたが、周りからは「避妊薬を飲むなんて!」とネガティブに捉えられたこともしばしば。私自身は、かかりつけ医からピルを服用することで、生理周期が整ったり、肌荒れが改善したり、子宮内膜症の予防にもつながるという説明を受け、多様なメリットを感じ服用をしていたのですが、日本では“避妊用”のイメージが先行したせいか、服用率は1〜3%と諸外国より低いのです。
-「Ubuは妊活前の女性には届きにくかった」というお話がありましたが、そこから『mederi Pill』へ展開された背景にはどのような想いがあったのでしょうか?
『Ubu』を手がけた当時は自分自身も不妊治療のことで頭がいっぱいで、サプリメントやチェックキットのことばかり考えていましたが、事業が進んでいく中で、どうやったら妊娠・出産について未検討の女性にご自信の身体に興味を持ち続けてもらう環境を作り出せるんだろうと考えるように。
自分自身がどうだったか思い返してみたら、私がまだ子どもを産むか産まないか意識していなかった10代、20代前半にしていたカラダのケアが、低用量ピルを飲むことだったんです。今は妊娠希望のため服用していませんが、約10年弱は飲んでいたんですね。その間は、生理周期ならではのトラブルに悩むことなく、快適に毎日を過ごせていたなぁと。
“前澤ファンド”のことをTwitterで知って応募し、前澤さん、前澤ファンドのメンバーとお会いして選考ディスカッションさせていただいたことも、自分の考えを整理するすばらしい機会になりました。
-フェムテック*企業として注目される機会も多いと思いますが、現状をどう捉えておられますか?
フェムテックの振興を目指して自民党の議員連盟が立ち上がりましたが、私もその会合に参加させていただいています。このフェムテック議連は野田聖子さんが議長ですが、事務局長は、男性議員の宮路 拓馬さんです。女性だけで声をあげるよりも男性の視点を取り入れることで社会全体に訴えられるので、バランスのいい組織だなと思っています。
また、議員会館にて月に一度イベントを開催し、慶應義塾大学医学部の吉村泰典名誉教授から、妊娠を控えた20〜30代に向けて、今知っておくべきことをいろいろとお話していただく場を設けています。
*フェムテック(FemTech):FemaleとTechnologyをかけあわせた造語。生理や妊娠・出産、更年期など女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品(製品)やサービスのこと。
-たしかに、妊娠・出産・子育ては女性ひとりで行うものではないですし、男性の参画は必要ですよね。
“フェムテック”という表現にはインパクトがあるといいますか、言葉の持つ力が大きいですよね。その分、歩み寄りにくいと感じる人もいるのではないかなと。私としては、“フェムテック”より、“ヒューマンテック”のほうが目指すイメージに近いんですね。女性が幸せなら男性も幸せだし、逆もしかりです。性差というのは絶対的に存在しますが、うまいバランスで認め合えるような日常だったら理想的だなと思います。
この事業に関わっていると「男性のプロダクトは作らないの?」と聞かれることもあって、以前は考える余裕がなかったんですが(笑)、ちょっと心境の変化があって。男性も使える商品も今後考えていけたらいいな、自分の原体験だけではなく、ほかの誰かの原体験にも寄り添える事業こそがヒューマンテックなんじゃないかなと思い始めています。
-このインタビューを読んでくださっているみなさんに向けてメッセージをお願いします。
女性ってたくましいですよね。生理が始まってから毎月訪れる体の変化と向き合っているのですから。その一方で「ホルモンバランスは自分でどうしようもないからしょうがない」とあきらめている部分もあります。でも、セルフケアできるところはちゃんとケアして、QOLをあげていくべきだと思います。
妊娠に関しては、「願えば当たり前のように妊娠できる」と思っていたら大間違いだと私自身が身をもって経験しました。当時は20代で若かったし、日本の医療は最先端だし、“産めない”なんてあり得ないと思い込んでいたんです。「いつか子どもがほしいな」と何となく思っていても、それが順調にかなうとは限らない。それを頭の片隅に置いて、できるケアは早め早めに始めていただきたいと心から思います。
不妊治療はリサーチも通院も女性が主体になることが多いですが、やっぱりパートナーとの協力体勢が不可欠です。男性のみなさんには、がんばっているパートナーが安らげるような思いやりのある言葉を吟味して、一言、二言でもいいので、かけてあげてほしいです。
【Profile】
坂梨 亜里咲(さかなし ありさ)
mederi株式会社代表取締役。 明治大学卒業後、ECコンサルティング会社にてマーケティング及びECオペレーションを担当。女性向けwebメディアのディレクター、COO、代表取締役を経験した後に、mederi株式会社を設立。2020年3月より自らの4年にわたる不妊治療経験から気づきを得たプロダクト『Ubu』をスタートした。2021年秋からはオンライン診療ピルサービス『mederi Pill』事業も展開する。
Text by Kaoli Kidoue
Photo by Chika Takami
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