スローフードという言葉が生まれたのはFIATの故郷であるピエモンテ州。ファーストフードの進出をきっかけに、もっと地元の食べ物や生活を見直そうという運動のキーワードだった。日本でもブームになり、それを実践するスローライフなる言葉も生まれたのはみなさんもご存知かもしれない。
さて今回は鎌倉でワンちゃん4匹とスローライフを楽しむ女性のお話。
安藤 愛さんは、つい最近まで大手広告代理店に勤めていた。得意の語学を活かしグローバル企業のブランディングを担当。海外相手の仕事は楽しいものだったが時差があるので勤務時間は不規則になりがちで、深夜早朝のやりとりが日常茶飯事。多忙を極める日々を送っていたとき、ミニチュアダックスフントのローズに出会う。
「ショップで抱いたときにはピンとこなかったんですが、床に置いたら私のまわりを走り回って懐くんです。その姿にキュンとしてしまって…。」
こうしてローズとの暮らしがはじまる。
生活にハリが生まれた。
しばらくするとローズの子供が欲しくなった。たくさんのワンちゃんに囲まれる生活に憧れたのは自然な流れに思えた。交配相手を見つけて、めでたく6匹の子犬が生まれた。最初は1匹を残すつもりが…。結局子供3匹とローズとの生活がはじまった。
ここまでは、愛犬家によくある話。
「ローズはなんでも食べてくれるので気がつかなかったのですが、ワンちゃんにも個性があるんですね。生まれた子供たちの中にはペットフードを食べたくない子がいたんです。いろいろ調べて、食べられるものを自分で作ればいいという結論にたどり着きました。」
研究熱心でとことん突き詰める性格は、ワンちゃんたちにとって食べやすい(食いつきがいい)だけでなく、身体にいいもの、安全なものを意識するようになる。
「ワンちゃんのために作るのではなく、自分の分まで一緒に作れば手間も時間も省けますから。」
もはや4匹はペットではなく家族だと強く自覚した瞬間だった。
そんな愛情のおかげで子犬たちはすくすくと育つ。しかし、当然ながら四六時中一緒にいられるわけではない。長期出張の際にはやはりペットホテルに頼らざるを得ない…。
それでも手作りのごはんを食べさせたかったから、業務用の真空パック機まで購入して冷凍保存したごはんをホテルに預けるようになった。
そうしているうちに、ペットホテルから他のワンちゃんたちのために、ごはんを作ってもらえないかと頼まれるようになった。
フードコーディネーターの資格を取るほど料理好きだった彼女は、ふたつ返事で引き受ける。似たような境遇のワンちゃんがいるならば、なんとかしたいと思い、材料費だけを受け取り、ほぼボランティアの形で提供したのだ。
SNSでローズたちとの生活を紹介すると、ペットホテルでの評判も手伝ってフォロワーは一気に1万を超した。それに着目した出版社がローズたちとの生活を一冊にまとめないかと言ってきたのだ。そして『おひとりさまとローズ一家』<主婦の友社刊>を2016年に上梓。ペンネームはObaba(おばば)。
そんな彼女の生活とくらしの価値観を変えたのは転居だった。当初はただ週末をローズたちと過ごせる海辺の家を探していた。そして広い庭のある鎌倉の一軒家を不動産屋に紹介される。
「最初、鎌倉は候補に挙がっていなかったんです。でも仲良くなった不動産会社の営業さんが、この子たちが走りまわることしか考えられない庭のある家を見つけたと連絡してくれたので(笑) もちろん一目で気に入りました。」
引っ越し後、しばらくは鎌倉から都内に通っていたが、ここでもっとローズたちとの時間を過ごしたいと思いはじめる。
実際に住んでみると、鎌倉は実に魅力に溢れる街だったということもある。たとえばレンバイと呼ばれる地元の農協が主催する朝市。
「新鮮で無農薬のものがあるんです。東京のレストランのシェフが仕入れに来るほどで味は確かですし。」
当然、ローズたちの食事にも、こういった野菜が使われるようになる。
一層ペットホテルでの評判も上がった。
「これを仕事にできればローズたちといつも一緒にいられるし、なにより同じ悩みを持つ飼い主さんの役に立てるのではないか…。」
そんな思いが頭をよぎった。
それからというもの、彼女はペットの食生活について、これまで以上に詳しく調べ、勉強するようになる。やがては自分が納得できる製品を量産できる業者選びにまでおよんだ。
「なるべく地元で採れた野菜を使い、自分が食べてもおいしいごはんを提供しよう。」
ペットたちの健康を考える他の飼い主さんの役に立てると思うとワクワクした。いや、自分が感じているワクワクを伝えたいと思った。
「運命に導かれたのかもしれません。言葉として知っていたスローライフが目の前にありました。いや、鎌倉という土地が目覚めさせてくれたのかも…。」
こうして彼女は生活のリズムをシフトダウンしはじめた。そして、会社を辞め夢の実現に奔走した。
もちろん勢いだけで仕事になるはずはない。安心感を持ってもらうためにペット食育准指導士の資格を取り、「Seaside Rose(シーサイド・ローズ)」という名でいよいよ2017年の4月からブランドをスタートさせた。
彼女が提供するのは「ペットフード」ではなく、一緒に楽しむ「ごはん」だ。出張で一緒にいられないときのものだけでなく、キャンプへ行ったとき、あるいは出かけてパートナーに「ごはん」の世話を頼まなければならないときにも役立つ。それは一緒であることを自覚できる幸せの提供だとも言える。
スローフードのコンセプトは、楽しく、朗らかに、そして健康的で元気に生きる。つまり、生活の足元をきちんとじっくりと見つめよう!ということ。
スローフード協会が選ぶ食べ物やワインやレストランなどは、いずれも価格やブランドに左右されない「本物」ばかり。
そんな国民たちの足として生み出された車、FIAT500にも同様のスローライフ精神が満ち溢れている。
「こういうクルマって鎌倉にぴったりですね」
運転席に座ってもらった第一声だ。
「ボタン類の配置がわかりやすいし、ロゴもさりげなくて素敵」
さすが前職でブランディングを担当していただけあって目の付け所が違う。
「小さいだけじゃなく、醸し出す雰囲気がこの街に似合ってるとでもいうのかな…。」
ローズたち4匹をリアシートに乗せても余裕があるし、荷室には仕入れた材料も載せられる。何より海や狭い鎌倉の道でも走りやすく、実際取材中にもすれ違うほどこの街との相性は良さそうだ。
「この子たち、海が大好きなんです。子どもたちは早く歩いていろんなことに興味がある。でもお母さんのローズはゆっくり楽しむのが好きなんです…。のびのびと暮らすと、犬ものびのびと育つんですね。これも鎌倉独特の時間の流れのおかげなんでしょうね(笑)。」
安藤流のスローライフに、スローライフの故郷で生まれたFIAT500はとてもフィットして見えた。
安藤 愛(あんどうあい)
Seaside Rose 代表
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