1980年に歴史家・法律家であるビル・ドレイトン氏により創設された世界最大の社会起業家ネットワーク、アショカ。社会起業家とは、アショカの言葉を借りると様々な社会問題の抜本的な改善を図り、根深いグローバルな課題を生み出している仕組みそのものを変革する人のこと。アショカはこれまでに数多くの社会起業家を輩出していますが、世界中で次々に起こる社会問題に対し、その改善に取り組む人、チェンジメーカーの数は圧倒的に不足しているといいます。そこでアショカでは、12歳から20歳までのチェンジメーカーの素質がある若者を見つけ、支援する“アショカ・ユースベンチャー”の取り組みを展開しています。
アショカ・ユースベンチャーでは、1年間の実験環境を通じて、彼・彼女らが向き合う社会の問題に、自らで解決策を見つけてアプローチしていく機会を提供しています。そのユースベンチャーを認定するために3月6日(土)に開催された、第43回パネル審査会の模様をリポートします。はたして、若きチェンジメーカーは社会問題にどう向き合い、どのようなアプローチで問題の解決を図るのでしょうか?
今回のパネル審査会では、18才と19才の計3名がプレゼンテーションを行いました。今回はそのうち、山内ゆなさんのプレゼンにフォーカスしてお伝えします。彼女は、児童養護施設のことを多くの人に知ってもらい、情報が限られている施設に住む子どもたちに本を届ける活動を行っています。その活動をさらに発展させるべくアショカ・ユースベンチャーを目指します。
パネル審査会では、ユースベンチャー候補者の認定を判断するパネリストとして、3名の有識者が就きます。今回は豪資源大手BHPの日本法人の代表を務められているガントス有希(ゆき)氏、京都大学大学院教授の寶馨(たから かおる)教授、シンガポールに本拠地を置くベンチャーキャピタル、リープラベンチャーズの佐藤克唯毅(さとう かつゆき)氏の3名が務めました。
アショカがユースベンチャー審査において重点を置いているのは、「内発的動機」、および「行動力とレジリエンス」です。内発的動機とは、心の内側から来る動機のこと。つまり周りに認められたいからやるというのではなく、自分が本当にやりたいと思っている活動であるかという点です。一方、「行動力とレジリエンス」は、失敗したときに他の方法で試したり、もういちど試してみたりする根気、忍耐力です。問題解決に本気で取り組み、行動に移す力があるか、そして失敗しても立ち上がることができるか。これらは審査の基準となると同時に、ユースベンチャーになってからも大切にしている点だといいます。
ユースベンチャー候補者のひとり、山内ゆなさんは、多くの人に児童養護施設について知ってもらい、そのうえで“人生で出会った最高の一冊”を児童養護施設に送る「JETBOOK作戦」を展開しています。児童養護施設とは、親がいない子どもや親から虐待を受けている子ども、あるいは経済的な理由で子どもを育てることができない家庭の子どもなど、2歳から18歳までの子どもが過ごす施設です。山内さんは2歳のときに入所し、18歳の現在も児童養護施設で生活されていて、そこで違和感を感じたことや行動したいと思ったことを、ユースベンチャラーとなって実現しようとしています。
15分のプレゼンテーションでは、山内さんはJETBOOK作戦の概要やそれを実施するに至った経緯について発表しました。彼女は、施設のことをたくさんの人に知ってもらうと同時に、施設の子どもたちに情報を得られる機会を届け、さらに施設の外にも頼れる大人がたくさんいることを伝えたいと話します。山内さんによると、児童養護施設のことを知らない人は多く、少年院と同種のものだと勘違いされることもあるそうです。また、そこに住んでいることで、友人から「親がいないのに聞いてごめんね」と言われたり、住んでいる子どもたちにとっては当たり前の生活が、外からは重たいものに感じられたりすることに違和感を感じているといいます。
「小中学校のときは地域の学校に通っていたので、近くに施設の子がいるのが当たり前だと思い、周囲の反応も気になりませんでした。しかし自転車で少し距離が離れた高校に通うようになり、友達に児童養護施設に住んでいると言った時に、“親いないの?大変だね、頑張ってね”などと言われ、空気が重くなり、施設に住んでいることを言ってはいけないのかなという気持ちになりました。それを施設内で話すと、周りの子たちも同じように感じていて、施設の中外で大きなギャップがあると感じました」と話す山内さん。
そこで山内さんは、施設の中外の意識のギャップを埋めたいと考えるようになりました。
また、児童養護施設ではネット環境が整っていないところが多く、情報を得る機会が限られることから、山内さんは施設の子どもたちが情報を得られる機会を増やしたいと考えています。施設にネット環境が整わないひとつの理由は、子どもたちの個人情報を守るため。子どもたちが施設に入る理由の6-7割は親からの虐待で、親から身を隠さないといけない子どもたちが多くいます。そうした背景から個人情報や安全を確保する必要があり、それがネット環境の整備の足かせになっているようです。
「私自身、高校でバイトをしてケータイを買うまで、ネットに触れる機会はありませんでした。学校では、知っている情報量の違いから友人の話についていけないことが多かったです。それをどうにかしたくて、施設の子どもたちに情報を届けることができないかなと考えるようになりました。そんな折、年下の子から本を読みたいから教科書を貸してほしいと頼まれたのです。それが衝撃で、施設に本を増やしたいと思うようになりました。そこでツイッターで呟いたところ、20人くらいから本ならあげるよと言われ、自分でも調べてみると図書館では定期的に本を廃棄していることがわかり、それを寄付としていただくなど、私にも本を集めることはできるのではないかと考えるようになったのです」
またスマホでSNSを通じて施設外の人たちと交流するようになり、外部にも頼れる大人がいることを施設の子どもたちに伝えたい気持ちが芽生えたそうです。
「自分自身、ツイッターを通じてたくさんの大人と関わり、しかも継続的に関わってくれる人がたくさんいることに気づきました。児童養護施設では職員の方の離職率が高かったり、施設間の異動が定期的に行われたりと入れ替えが多いこともあり、大人を信じることが難しく、そもそも人に頼ろうとしない子どもたちもたくさんいると感じています。そこでJETBOOK作戦で、一人に一冊献本してもらい、その結果、施設の本棚に100冊の本が並ぶことになれば、子どもたちは100人の方が児童養護施設のことを知ってくれ、応援してくれていることがわかり、温かいメッセージになるのではないかと考えました」
山内さんは、JETBOOK作戦の第一弾を2020年12月から1月に展開。約320人に協力してもらい、320人の“人生に最高の一冊”を、2つの施設に送りました。さらに2021年5月には、100の施設に100冊を送る、1万冊規模のプロジェクトを計画しているそうです。
また、児童養護施設では新しいことを体験する機会が少ないため、協力者や企業に協力してもらい、ワークショップのような様々な体験ができる機会を作りたいと言います。そうした体験の場を通じて、施設の子どもが100冊の本から選んだ自分の好きな一冊を、他の施設の子と交換して施設間で本を循環させたり、子どもたちが施設外の大人と関われたりする機会を作りたいといいます。さらに子どもたちが18歳になり施設を出た後のケアについても改善の余地を感じていて、ボランティア団体がたくさんあるにもかかわらず、施設の子どもたちにケアが届いていない現状を、JETBOOK作戦や体験の機会を通じて改善することに意欲を燃やします。
山内さんは、次のように話し、プレゼンテーションを締めくくりました。
「児童養護施設のことを多くの方に知ってもらい、子どもたちが抵抗なく施設に住んでいることを言えるような社会や、社会的養護下にいる子どもたちを社会全体で育てていけるような仕組みづくりができたらいいなと思っています」
プレゼンテーションが終わると、質疑応答が行われました。
ガントス氏 アフターケアをする団体がたくさんあるにもかかわらず、ケアが子供に届いていないとおっしゃっていましたが、なぜたくさんあるのに子どもにケアが届いていないのか教えていただけますか?
「児童養護施設は閉鎖的なところが多いため、外部のボランティアを受けいれていないことがあります。子どもたちは18歳で施設を出ることになりますが、支援してくれる団体があっても、出所してすぐに彼らに頼れるかというとそうではないと思うのです。人間関係を構築するには、施設にいるうちから面識があり、近い関係になっていないと難しいと思います。私も18歳なのでもうすぐ施設を出ることになりますが、施設の児童としてボランティア団体の方と話をしたことはありませんでした。そこでワークショップなどでアフターケア団体にも協力してもらい、イベントなどを通じて顔見知りになれたらいいなと思っています」
佐藤氏 JETBOOK作戦で次に1万冊のチャレンジをされるとのことですが、その先に描かれている目標があれば教えてください。
「児童養護施設は全国に約600箇所あり、約27,000人の子どもたちが暮らしています。その全部の施設や、そのほかにも本を必要としている施設に本を届けたいと思っています。また施設間で本を循環させ、施設間の子どものつながりが増えるといいなと思っています」
佐藤氏 施設間のつながりを増やすために、ハードルになりそうなものはなんですか? またそのハードルに対してどのようにチャレンジしていくつもりですか?
「閉鎖的な施設が多いなかで、他の施設と一緒にイベントに出るとなると承諾を得るのが難しいと思っています。JETBOOK作戦の第一弾をやった時も、現場の職員の方には反対されました。そこで施設長に2週間にわたり毎日JETBOOK作戦の話をし、ようやく許可をもらえました。ひとつの方法がダメでも他に道があると思いますので、アプローチ方法を変えることで子どもたちがワクワクできるような体験を届けられたらいいなと思っています」
寶教授 第一弾をやった時の反響はどうでしたか?
「子どもたちの反響としては、本を通じて会話が増えたと思っています。一緒に読んだり、感想を伝えあう姿、『ミッケ!』や『ウォーリーを探せ』などの本を小学生同士が一緒に楽しむなど、子どもたち同士や職員との会話が増えたので、そういうことも外に発信していけたらと思っています」
このように質疑応答が繰り広げられ、いよいよ結果発表へ。パネリストによる協議の結果、山内さんは見事アショカ・ユースベンチャラーとして認定されました。認定されると活動のための支援が受けられ、またユースベンチャー同士で情報交換する機会が得られます。
最後に、結果発表を行った佐藤氏から山内さんに激励の言葉が贈られました。
「個人的な意見ですが、社会に対して自分の意見をぶつけようとすると、話されていたように前例がないとか、相手なりの良かれと思った正義によって阻まれてしまうことが多々あると思います。それに対しご自身で試行錯誤しながら、違うアクションでアプローチするような場面は、これからもたくさん出てくると思います。でも山内さんならその壁のひとつひとつを、熱い思いで乗り越えられるのではないかと思いました。引き続き、頑張ってください」
また寶教授からは次の言葉が贈られました。
「2歳の時から育った環境のなかで、こういうことをやりたいという、まさに内発的な動機をお持ちであることと、反対があっても挫けない行動力があり、発想も豊かだと思います。活動により施設内でのコミュニケーションだけでなく、施設間の交流を推進させ、地域に貢献することも考えている。住んでいる地域だけではなく、活動の幅がさらに広がる可能性を感じました」
ガントス氏は次のようにコメントしました。
「施設で普通に育って卒業する。何もしないでその過程を辿っていくことも当たり前にあると思います。しかしそこで問題を提起して、反対されてもなんとかして解決していく。そのパワフルな想いは貴重なものだと思います。頑張ってください」
パネリストの方々から高い評価を得た山内さん。彼女の活動内容やプレゼンテーションは、多くの方々の心を動かしたようです。審議会をパスすることは彼女とってゴールではなく、ひとつの通過点に過ぎないと思います。山内さんの、これからの活躍に期待しています。
アショカジャパンでは、2012年に第1回目のパネル審査会の実施以降、これまで43回の審査をパスした若者は110チーム以上。これからも頻繁にパネル審査会を実施し、人材の育成に力を注いでいくとのことです。次はどのようなユースベンチャラーが誕生し、社会に影響を与えていくのか。アショカジャパンの取り組みとユースベンチャラーの活躍に期待したいと思います。
Ashoka Japanのオフィシャルwebサイト https://www.ashoka.org/ja-jp/country/japan
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Text/ Takeo Somiya(Fresno Co., Ltd.)
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