病院や施設で病気と闘っている子どもたちや、在宅医療を受けている子どもたちを訪れ、アートや音楽などの芸術活動や学習を通じ、子どもたちと豊かな楽しい時間を共有する活動を行っているNPO法人スマイリングホスピタルジャパン。その代表理事 松本惠里さんにお話をうかがいに、設立されたばかりの新事務所を訪れました。コロナ禍で病院訪問が難しくなってしまったこの時期に、“できないこと”について考えるのではなく、“できること”に目を向け、全力投球されている松本さん。2021年6月には著書『夢中になれる小児病棟 子どもとアーティストが出会ったら』を出版されました。書名にもある“夢中になる”とは、どういうことなのでしょうか。松本さんにうかがっていきます。
スマイリングホスピタルジャパンでは、面会が保護者のみに限られている小児病棟に、アーティストと共に訪れ、子どもたちにアートや音楽に親しんでもらう活動を行っています。闘病生活で直面する辛い治療や活動制限、生活体験の不足によるストレスや不満を少しでも取り除き、ふさぎがちな気持ちを明るく開いてもらいたい。そして闘病意欲を持ち続けられるように支援したい。活動にはそんな想いが込められています。そうしたなかコロナ禍が襲い、病院への訪問は困難になってしまいました。子どもたちは両親と会える面会時間までもが減ってしまっているそうですが、そんな時期だからこそ、子どもたちに楽しみの時間を届けたい、というのが、松本さんはじめ、スタッフやアーティストの方の想い。現在は訪問活動の代わりにアーティストの方と協力して、塗り絵や紙芝居セット、ステッカーといったプレゼントを贈っているほか、YouTubeの『スマイリングちゃんねる』を通じて、マジックや音楽遊び、実験など手や体を動かして楽しめるアクティビティを提供し、子どもたちが笑顔になれる機会の拡大を図っています。また、病棟や施設をオンライン訪問し、双方向のライブというかたちでアートを届ける取り組みも始めています。
―松本さんは、かつてご自身が交通事故に遭われて入院生活を余儀なくされ、その後、院内学級で教員をされていて、そうした経験が現在の活動の原点となっているということですが、そのあたりの経緯についておうかがいしてもよろしいですか?
「はい、今から20年ほど前に生死の境をさまようような交通事故に遭い、長期の入院生活を送りました。思うように身体を動かせず、その先にやろうとしていたことが全部できなくなってしまうのかという思いと、将来への不安でどん底の気持ちでした。事故に遭う前は、英語が好きだったので教員免許を取りたいと思い、通信教育で勉強をしていたんです。事故後も通信だから家で勉強できるのだけれども、手が動かなくなり、身体も痛いからもうやめようと思っていました。でも、退院して何かがフっとおりてきて(笑)、辞めずに続けるべきだと何かに押されるような思いで、なんとか単位をとって教育実習も受け、教員免許も取得したんです。それで初めて配属されたのが病院の中の学校、院内学級だったんですね。自分は長いこと入院生活を送っていたので、その経験がなにかに生かせるのではないかと、病院で難病と闘っている子どもたちに教える導きかもしれないと思いました。院内学級では英語を教えていたのですが、子どもたちと時間を共に過ごすなかですごく心に響いたのが、子どもたちの笑顔でした。病気と闘っていて辛いはずなのに、そんな時でも笑顔を見せてくれる。病気が辛くて大変なのに勉強も頑張っていて、お友だちにもとても優しくて、そんな子どもたちから大切なことを教えられる毎日は素晴らしいなあと感じました。職員室よりも病棟で過ごす時間が長かったほど、子どもたちと過ごす時間が大好きでしたね。院内学級には7年間いて、そのあとに今までの“気付き”を何かかたちにしようと思い、この団体を立ち上げたのです」
―その院内学級での“気付き”について、少し詳しく教えていただけますでしょうか。
「重たい病気と闘っている子どもたちが、ふと笑顔を見せてくれる。ではどんな時に笑顔になるんだろうと着目してみると、自分らしく活動できている時だというのがわかってきたのです。自分らしく活動している。それは芸術活動をしている時。音楽や絵を描いたり、歌を歌ったり、そういう情操活動をしているときが子どもたちはイキイキしていて、いい表情を見せてくれていたのです。それでこういう活動を特化して行う団体を作りたいなあ、という思いに繋がっていきました。そうして立ち上げたのがスマイリングホスピタルジャパンで、芸術活動を病院に届ける活動から始めました。楽しいことに夢中になる。そうした経験を通じて、心が自由になる時間を持ってもらいたい。私たちの活動の軸としているのは子どもたちが体を動かしたり、声を出したりして一緒に楽しめる参加型の芸術活動です。今やっているオンラインでの動画配信でもそれは同じで、子どもたちが一緒に楽しめるプログラムの制作を心掛けています」
ー病院への訪問やオンラインでの動画配信やライブに加え、在宅訪問もやっていらっしゃいますが、在宅訪問についてもうかがえますでしょうか。
「在宅訪問は、病院にアートを届ける活動をしているなかで派生していった活動です。病棟には小児がんの難病だったり、けがをしていたり、いろんな子どもが入院しているのですが、なかには重度の肢体不自由のお子さんがいます。そうしたお子さんは、音楽やマジックなど、こちらからの働きかけに対して、感情を自分から表出できないこともあります。でも機会は平等に届けたいと思っています。通常、私たちが病院を訪れると、動けるお子さんにはプレイルームに集まってもらい活動をするのですが、そこに来られないベッドでずっと寝ているお子さんの場合、ベッドで安静にしながらであれば大丈夫な場合は、スタッフがベッドごと連れてきてくれたり、あるいはベッドサイドから離れられないお子さんのところには、保育士さんやスタッフに案内してもらい、ベッドの前で活動を行ったりすることもあります。しかし重度のお子さんの場合、処置やお風呂の時間でもないのに取り残され、我々の活動に参加させてもらえないことがあるのです。“この子達は、たぶん、わからないだろう”とか、“聞いても感じないだろう”と思われてしまっているのだろうか。さらにその子たちが退院してお家に帰った時に、何か活動はあるのかな?と思ったんです。それで特別支援学校の教員に相談してみたところ、学校でも個別に活動を提供できる機会というのは少なく、それが課題になっていると教えて頂いたんです。じゃあ、そういう子どもたちのところに訪問する活動を始めようじゃないか、と。子どもたちは自由が制限されて困難な状況でも、“もっと何かやりたいよ”という気持ちが潜在的にあることはわかっていたので、障害が重そうに見えても、たとえ反応はできなくても、絶対に何かを感じてくれているはずだと。そういう感触はありましたから、見た目で判断して何もしないのは違うと思ったし、差別でしかないと思ったので、そういうお子さんにも手を当てていこうと思い、在宅訪問を始めました」
ー新しい事務所を設立されたのも、そうした活動範囲の拡大や変化と関係しているのでしょうか。
「これまでは自宅の一部を事務所にして活動してきたので手狭になってきたというのもありますし、事務所が自宅だとどうしてもお客さんに来ていただくのが難しかったりするので、色々な方に来て頂いたり、集まってもらえる場所を作りたかったのです。新事務所では、アーティストさんたちが来てリハ―サルをしたり、打ち合わせしたりできますし、動画配信の収録やオンライン訪問によるライブもできるようになりました。また、在宅医療を受けているお子さんは、家に閉じこもりがちになってしまうので、体調の良いときは出かける先としてここに来てもらい、学習室として使ってもらっています。また、在宅医療で使う教材もうちで手作りしているので、工房が欲しかったんです。在宅医療の教材というのはお子さんの状態に合わせて作っていくんです。お子さんによっては、指先が少ししか動かなかったり、最重度のお子さんは、ベッドに寝た切りで沢山の管がついていることもあったりするので、そういう子にはスイッチ教材という自分で主体的に動かしフィードバックが得られる教材や、量や空間の概念を身につけられる感覚教材を使ってもらうんです。工房があることで教材が作りやすくなりました。永福町の駅の近くなので、子ども連れのご家族やご高齢の方が立ち寄ってくれたり。いろんな方との出会いを生んでくれています」
ー最後に、2021年6月に『夢中になれる小児病棟 子どもとアーティストが出会ったら』を出版されましたが、どのような本か簡単にご紹介をお願いできますか。
「この本は、団体を立ち上げた想いや経緯を綴った本になっています。普段からブログでも綴っていたのですが、本で一番伝えたいことは、難病でも障害が重たくても、コロナのような事態になっても、子どもというのはどんな状況でもいつでも成長し続けています。だから学びや活動をストップさせてはいけない。どんな事態でも、大人は子どもの成長する機会をできる限り保障していかないといけない、ということを発信していきたいと思っているのです。子どもたちが情操活動や夢中になれる活動をすることで、本当に豊かに成長していく姿をずっと見てきました。そのことを知ってもらいたい。また、この本を読んでいただくことで、ぜひうちでも、という病院がありましたらご連絡いただきたいですし、アーティストやボランティアとして活動してみたいと思ってくださる方がいたら声をかけていただきたいです。」
なお、『夢中になれる小児病棟 子どもとアーティストが出会ったら』は、英治出版から発売中です。Amazonなどで電子書籍版も用意されていますので、ぜひのぞいてみてください。
スマイリングホスピタルジャパン公式WEBサイト https://smilinghpj.org/
フィアットが大切にしているシェアの気持ち 「Share with FIAT」
Text/ Takeo Somiya(Fresno Co., Ltd.)
この記事が気に入ったら
いいね!しよう
FIATの最新情報をお届けします。