バスは満席で、新宿駅の集合場所を発車しました。行き先は福島県双葉郡広野町。2011年の東日本大震災で震度6弱の地震と津波の被害を受け、4年経ったいまも、町民の帰還率は半数に満たないという、戸籍人口5000人強の小さな町です。
福島県いわき市を拠点に活動するNPO法人ザ・ピープルの吉田恵美子理事長が説明してくれました。
「広野町の住民の多くは、いわき市など他の町へ避難しました。被災した町民の帰還率は半分程度ですが、いま町に住む人の数は震災前と同じぐらいまで増えています。なぜかというと、福島第一原発の作業に関わる人、周辺の除染に携わる人など各地から集まった多くの作業者の方々が広野町に滞在しているためです。しかし人数が震災前と同レベルになったといっても、住民が町で出会うのは知らない人ばかり。そんな状況に馴染めず、帰還をためらっている方も少なくないようです」。
往路の車内は始めのうちは会話が少なく静かでした。乗り合わせた40名程度の参加者は知らない人の集まりだからです。居住地も年齢もばらばら。首都圏からの参加が多いですが、長野県から来た方もいました。年齢も小学生からすでに仕事を引退された方までさまざま。家族や友人と一緒の人もいましたが、単独で来た方や初参加の方も大勢います。参加者は隣に座った人とぎこちない会話を交わしながら、少しずつお互いの距離を縮めていました。知らない人同士が馴染むまでには相応の時間が必要ですよね。避難者の方が、新しい町や地元で、知らない人の多い環境にすぐに馴染めないというのもわかる気がします。
今回のバスツアー「広野町応援プロジェクト ふくしまオーガニックコットン」は、認定NPO法人JKSK 女性の活力を社会の活力にが立ち上げた「JKSK 結結プロジェクト」の一環として行われるもの。2013年に始まり、今年で3年目となるこのバスツアーは、風評で野菜が売れづらくなった地元農家の方々の悩みに応えるために立ち上がったNPO法人ザ・ピープルと共同で、広野町の耕作放棄地でコットンの有機栽培を行うというもの。耕作放棄地とは、農家が野菜の栽培を断念して“空き畑”となった土地のこと。広野町やいわき市にたくさんあるそうです。
オーガニックコットンプロジェクトは、それらの土地を有効活用し、塩害に強いコットンを育てます。口に入れるものが売れない状況なら口に入れないものを製品化し、新しい農業や産業を創出しようという発想のもと、新しい事業を広野町やいわき市だけでなく、他の被災地にも広めていくことを目指しています。
できあがったコットンからは、手ぬぐいやTシャツ、タオル、ハンカチのほか、仮設住宅にお住まいのお母さんらが手づくりする「ふくしまオーガニックコットンベイブ」がつくられます。このコットンづくりプロジェクトは、その普及や自然エネルギーの促進を目指して市民自らが参加して新しい町づくりに挑戦する「いわきおてんとSUNプロジェクト」に集約。復興町づくりプロジェクトとして広まりを見せています。JKSK「結結プロジェクト」も、定期的にボランティアバスツアーを実施し、綿の定植や草取り、収穫の支援者を集っています。今回バスに乗り合わせた方々はこのJKSKボランティアバスツアーの参加者。長靴やタオル、着替えなどを持って、畑作業に向かいます。
「Share with FIAT」活動を展開しているFIATはこの活動に賛同し、JKSKボランティアバスツアーを支援しています。Share with FIATとは、“シェア”を合言葉に、自分だけでなくみんなの幸せを求める社会の実現を目指す企業プロジェクトのこと。現在7つのNPO団体と協力して、さまざまな社会活動を行っています。今回は、FCAジャパン株式会社マーケティング本部長ティツィアナ・アランプレセ氏が高校生の娘さんやその友達と共に、参加者の一員として畑作業を行いました。
午前10時30分頃、バスは畑に到着しました。地元農家やNPO法人の方が迎えてくれ、農家の方とボランティアバス参加者が一緒になって作業に取りかかります。畑はビニールマルチ(畑の乾燥などを防ぐカバー)が被せられていましたが、土は乾燥していて、まわりには雑草が生い茂っていました。まずは草むしりから始めます。約40名が一斉に取り組むと、畑はみるみるうちに本来のあるべき姿を取り戻していきました。
次は苗の定植。参加者はビニールマルチに穴を空ける人、できた穴を掘り起こし、水を注いで土を慣らす人、植え込みをする人、水やりをする人、川に水を汲みに行く人に分かれて、それぞれ仕事を進めていきます。新宿の集合場所で集まったときには会話が少なかった参加者もこの頃には打ち解けて、すばらしいチームワークを発揮していました。お昼は、農家の方がご用意いただいたお昼ご飯をいただきました。
昼食時に地元の方々や県の関係者の方とお話をする機会がありましたが、地元の方は首都圏から参加者が集まってくることは、大きな勇気になると話していました。力になりたいという気持ちに触れられることや、震災のことを忘れられていないという実感を持てることが、復興への前向きな気持ちを後押ししてくれるといいます。
化学肥料を使わないぶん、労力が必要なオーガニックコットン栽培。育てるには手間が掛かるため、1日でできるお手伝いは植物のライフサイクル全体からすれば小さなものかもしれません。しかしオーガニックコットンプロジェクトは、農業人口の不足という問題を抱えながらも、さまざまな人の手を借りて持ちこたえ、前進しています。板橋区から来た参加者はコットンの種を持ち帰って家で育て、次回参加する時にできあがったコットンを“里帰り”させると話していました。
2012年に始まったばかりのオーガニックコットンプロジェクトは、少しずつ栽培支援の輪が広がり、拡大しています。今年5月には「太平洋・島サミット」で参加国の夫人を対象とした交流事業として採用されるなど、行政による震災復興事業のひとつとして、人と人を繋ぐ役割を果たしました。いわき市では、住民と避難者という背景の異なる人たちが分離する状況が起きているそうですが、オーガニックコットンプロジェクトは両者の接点を作り出す機会ともなっているそうです。
さまざま人の想いや希望の詰まったオーガニックコットンプロジェクト。今回のバスツアー参加者の中にも、次回の収穫ツアーへの参加を希望する人がいました。首都圏の参加者にとっては“畑体験”という新鮮な世界に触れながら、福島の新事業創出を応援できることが魅力となっているようです。
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