イタリアのバール文化を紐解き、楽しみ方をお伝えする中川直也さんとの新連載。2回目は、イタリア人が一日に何度も飲むエスプレッソ。本場の味とは? そして正しい飲み方とは? 知っているようで知らない本物のエスプレッソ、その魅力をお伝えします。
日本でもすっかりおなじみになったエスプレッソ。カプチーノやカフェモカなども含めれば、日々多くの方が味わっていることでしょう。とはいえ日本でエスプレッソドリンクが広まったきっかけは、チェーン展開されるアメリカ・シアトル系のコーヒーショップ。つまり、イタリア発祥である「本物のエスプレッソ」がみなさんに広く知られるのはまだこれからといえるかもしれません。
エスプレッソが誕生するひとつの転機となった舞台は、1800年代のイタリア。当時ナポレオンが発した大陸封鎖令によりフランス植民地で砂糖やコーヒー豆が極端に不足していました。すでにカフェ文化が台頭していたイタリアでは閉店を余儀なくされる店も現れたとか。そんな中、スタンダールやゲーテも立ち寄ったという1760年創業の「アンティコ・カフェ・グレコ」の3代目オーナーが、カップを小さくし豆の量を減らして価格も下げるという苦肉の策で試練に立ち向かいます。
結局、小さめのカップ(=デミタスカップ)で飲むスタイルは多くの客に受け入れられ、フランス領全土にこの流れが広がっていきました。その後、19世紀前半から中頃にかけては、より抽出効果の高い新しい方法として、サイフォン、フレンチプレス、ナポリ式クックマが登場。20世紀のエスプレッソ抽出へと、道は続いていったのです。
そして1901年、高圧力で濃厚なコーヒーを淹れる方法としてルイジ・ベッツェラが新しいタイプのマシンを開発、その特許を買い取ったデジデリオ・パヴォーニが1906年4月のミラノ万博に出品し、世界で初めて「Caffè Espresso」と表記したのが現在のエスプレッソの直接の起源といわれています。
世界初の「Caffè Espresso」が登場した1906年4月〜のミラノ万博を記念して、国際カフェテイスティング協会(IIAC)イタリア本部では毎年4月16日付近の週末を「イタリアエスプレッソデー」と制定(日本では、1906年のミラノ万博一般公開日にあたる4月16日を毎年「イタリアエスプレッソデー」としています)。
「長い歴史を持つコーヒー文化の中では、エスプレッソは比較的新しい飲み方です。イタリアのエスプレッソは豆の量から抽出の温度、圧力等々、細かな規定がありますが、それが決まったのもほんの20年ほど前。はやりすたりはイタリアにもありますし、おいしいカッフェの1つとして発展してきた中でスタイルとしての変化もあったでしょう。そんな中、イタリアは昔から培われた経験をもとに完成された味わいを守ろうとしています。実際に飲んでみて「これはイタリアンエスプレッソの定義に当てはまるキャラクターだ。適切な焙煎、ブレンド、抽出により、奥行きのある香りや味わい、余韻が感じられる」などと思える理想的な方向性を目指して、マシンも豆も、もちろん淹れ方も吟味されているのです」
そうして規定された「イタリアンエスプレッソの定義」がこちらです。
・ コーヒー粉の量 7g±0.5g
・ 抽出圧力 9気圧±1気圧
・ 抽出時間 25秒±5秒
・ 抽出されたカフェの量 25ml±2.5ml
・ 抽出されたカップ内の温度 67℃±3℃
・ 5種類以上をブレンドした豆で抽出
バリスタの実力を世界大会でジャッジし、後進を育てる立場でもある中川さん、「日本のバリスタはマジメで一所懸命な反面、仕事の途中で手が止まって、連動した作業ができていないなと感じることがしばしばあります。バリスタにとってカウンターはステージ。常に流れるような動きで作業することが大切です」と語ります。その言葉通り、抽出を待つ間にほかの作業をしたり食器を整えたりして、決して流れを止めません。もちろんお客さんのほうに向くときはいつも笑顔でした。
各国でエスプレッソが飲まれるようになった今、原点回帰の必要性、つまり「これが正しいイタリアンエスプレッソだ」という定義を改めて認識する必要がでてきたといえるのかもしれません。「それはお客様だけでなくバリスタのためでもあります」と中川さん。「コーヒーは生活の流れの一部ですが、あくまでも流れであって、特別なワンシーンというわけではないと思います。おいしいコーヒーが当たり前に飲める。日常的な流れの中で、コーヒーを通じて快適な時間が過ごせる。そのためにバリスタにできること、すべきことはいろいろあるはずです」
本物のイタリアンエスプレッソとは何か? 日本人にとってはその基本的な問いにすら、正しく答えることは難しいのが現状です。でも、それは行きつけのバールで毎日何杯もエスプレッソを飲むイタリア人だって、同じなのかもしれません。彼らが知っているのは、エスプレッソの正確な定義ではなく「おいしいエスプレッソとはこういう味だ」という経験。「適切に抽出・作成されたエスプレッソとともに、空間の雰囲気を作るバリスタによって、おいしい経験ができるのだろうと思います」
私たちも、本物のエスプレッソを知り、正しい飲み方を知れば、生活のワンシーンにおいしいエスプレッソがごく普通に存在するようになるのではないでしょうか。4月16日のイタリアエスプレッソデーは、そのための第一歩になるかも。たとえば、イタリアカフェテイスティング協会日本支部ではその日に合わせたイベントなどをご紹介しています。また、イタリアンエスプレッソを味わえる店を集めたこちらのリスト を参考に、身近なお店で本物のエスプレッソを味わってみるのもおすすめです。
ナポリでは、必ず1杯の水と一緒に供されるエスプレッソ。水で口をすっきりさせてから味わうのがナポリ流なのです。
「日本でエスプレッソを淹れると、ブラックで飲もうとする方も少なくないです。でもエスプレッソは砂糖を入れてこそ完成する味。それも、ナポリ人を見習ってたっぷりの砂糖を入れ、30〜40回以上かき混ぜてみてください。混ぜる回数で味や口当たりも変わりますよ。ちなみに北の人はあまり混ぜずにさっぱりと味わうのが好きで、ナポリに代表される南の人たちは何度もかき混ぜてからその後は一息に飲みきりますね。しっかり混ぜることで乳化してキャラメル状になり、上品なチョコレートのような飲み口になります。おいしくないエスプレッソだといくら混ぜても砂糖の甘味だけが飛び抜けてしまうのですが、本物のエスプレッソはコク、酸味、甘味のすべてがバランスよく、複雑に仕上がっているんです」と中川さん。
左は淹れたてのエスプレッソ。1分ほど置いておくと右のように黒く変色してしまいます。「アロマも味もすぐに変わりますから、出されたらすぐに味わうのがエスプレッソを楽しむ極意。ナポリのバールに行くと、スプーンと砂糖を手に持ち、かき混ぜる準備をして今か今かと待ち受けているおじさんもよく見かけますよ」
18世紀にはすでにカフェテリアがあったイタリア。先述したグレコは1760年創業、ヴェネツィアのカフェフローリアンはそれより前の1720年、フィレンツェのジッリは1733年の創業で、しかもその歴史的な店が現存して営業を続けているのです。「カフェテリア創世記のいろいろなお店が今も現役で華やいでいるのがイタリアらしいですよね。ひとつの通りにいくつものバールがあり、そのすべてが個性的で、“これがイタリアのバールだ”なんて一緒くたに評価することはできないほど」と語る中川さん。そうして連綿と続いているカフェ/バール文化の深さには驚嘆するばかりです。そして同時に、本物のエスプレッソのおいしさやイタリアらしい陽気なバールの楽しみ方を日本のみなさんにもぜひもっと知っていただけたらと思います。
毎年、各都市のバールをいくつもまわる中川さん。「左はナポリ民謡「帰れソレントへ」でも知られるソレントのグランカフェ バール、右はミラノのパスティッチェリア コンフェッテリア バール(菓子店併設のカフェテリア)です。どちらも午前中にはバンコ(カウンター)周辺に常に人だかりができるような人気店ですが、南と北とでやはり内装や雰囲気も違っていて、おもしろいですよね」(写真提供:中川さん)
イタリア国際カフェテイスティング協会(IIAC)認定講師、IIACマスタープロフェッショナルの称号を持つ。イタリアのカフェの業界に長く携わり、イタリア・エスプレッソ普及活動を積極的に行っている。日本バリスタ協会インストラクター。イタリアエスプレッソ協会(INEI)エスプレッソスペシャリスト。モンテ物産株式会社 KIMBOブランド顧問。株式会社AUTENTICO代表。
撮影 SHIge KIDOUE
取材・文 山根かおり
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