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#ミラノ

LIFESTYLE

見て楽しむ北イタリア。ブラーノ島、チンクエ・テッレ、そしてトリノへ。日本に居ながらイタリアを感じチャオ!

一度は訪れたい絶景の街並み、ブラーノ島 フィアット好きにとって、いつだってイタリアは憧れの国。でも、行きたくても休暇は限られるし、運よく行けたとしても、見たい場所すべてを回るのはとても困難。そこで日本に居ながらイタリアを楽しめるバーチャルツアーを用意しました。イタリア旅行に行く予定のある人も、そうでない人も楽しめる、北イタリアのワクワクスポットをご紹介します。さあ早速、旅立ちましょう。   バーチャルツアーでは、ミラノを起点に、ヴェネチアのブラーノ島、チンクエ・テッレ、そしてミラノと北イタリアをぐるりと巡っていきます。   旅のスタートはミラノから。日本から直行便で行ける北イタリアの玄関は、流行の最前線に触れられる街。イタリア旅行が初という人は、都市の中心部に位置するミラノ大聖堂、ドゥオーモ(Duomo)を訪れ、世界最大級のゴシック建築に触れてみてはいかがでしょう。135本の尖塔と彫刻からなる大聖堂は、重厚感の中にもイタリアらしい華やかさが感じられます。   ミラノ大聖堂。   また、ミラノでは、初代『500(NUOVA 500)』でミラノの観光地を案内してくれる「ビンテージ フィアット 500ツアー」という民間によるサービスも提供されています。英語を話す運転手兼ガイドが、ドゥオーモ、スフォルツァ城、スカラ座などの観光名所を案内してくれるというもので、いくつかのオプションの中から好みのコースを選ぶことができます。ビンテージ『500』で巡るミラノ、通常のタクシーとはひと味もふた味も違った経験になりそうですね。   初代『500』。   次に巡る街は、ヴェネチアのブラーノ島。100を超える島々が点在するヴェネチアの中でも人気の島で、カラフルな街並みは、まるで絵画の中に入り込んだかのよう。漁業が盛んなブラーノ島では、濃霧の中でも漁師が自分の家をすぐに見分けられるように、建物を色とりどりにペイントしたのだとか。美しい街並みは、意外な理由から生まれたものだったのです。   ブラーノ島のカラフルな家々とその間を流れる運河。   アクセスは、ヴェネツィア本島のサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会から近いフォンダメンタ・ヌォーヴェ(Fondamenta Nuove)駅からヴァポレット(水上バス)12番で「ブラーノ駅」へ。片道40分ほどの移動です。ブラーノ島は1-2時間ほどで回れる広さなので、カメラを片手に散策するのがおすすめ。     >>>次ページ 世界遺産チンクエ・テッレ、そしてフィアットの故郷トリノへ […]

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ミラノはいつもクリスマス!〜MILANOのスポット特集〜

“イタリア各地をめぐるフィアット”がテーマの『フィアット オリジナルカレンダー 2023』。フィアット各モデルが6つの街とともに描かれた2カ月めくりスタイルです。11・12月は『MILANO(ミラノ)』。イタリアを代表する商業都市ならではの多様性を紐解いてゆきます。今回も、イタリア在住のコラムニスト・大矢アキオ氏にミラノの魅力を伺いました。 『フィアット オリジナルカレンダー 2023』はダウンロードも可能。方法は記事の最後に掲載しています。ぜひチェックしてみてください。   ファッションとデザインが輝く街、ミラノ イタリア北部ミラノは、自治都市として神聖ローマ帝国から独立。中世後期からはヴィスコンティ家とスフォルツァ家のもと、ミラノ公国として大きく繁栄しました。しかし、その後ふたたび神聖ローマ帝国や、スペイン・ハプスバルク家の支配を経験。18世紀には今度はオーストリア・ハプスブルク家のもとに収まりました。19世紀初頭にはフランスのナポレオンの影響を受け、さらにイタリア統一2年前の1859年までふたたびオーストリアの支配下にありました。北と南の接点として、さまざまな影響を受けてきたことが、今日に続くミラノの多様性と国際化の下地になったと考えることもできます。   ▲『ビショーネ』は14世紀末から15世紀にミラノ公国を治めたビスコンティ家の紋章。教会をはじめ、街のあらゆる場所で発見することができます。   第二次大戦後はイタリアの奇跡的経済成長の原動力として、ミラノは存在感を強めます。たとえば服飾産業。1960年代のプレタポルテ普及にともない、ミラノはファッション・シティの地位をパリから奪い始めます。同じロンバルディア州にある都市・コモの絹織物産業も、発展の一翼を担いました。こうして彼らは従来までフランス系ブランドの下請けであったイタリア服飾産業の地位向上にも貢献したのです。毎年6月と9月に開催されるファッション・ウィークは、今もモードの最先端である象徴です。   ▲市内北部、国鉄ポルタ・ガリバルディ駅周辺は2010年代から目覚ましい再開発が行われ、みるみるうちに高層ビル街に。街づくりという観点では、ミラノで最もダイナミックな街区です。   ちなみに、ミラノを端的に浮き彫りにしたカンツォーネといえば、戦後イタリアを代表するシンガー・ソングライターのひとり、ルーチョ・ダッラが歌った1979年『ミラノ』でしょう。「ドイツ語で尋ねれば、シチリア語が返ってくる街」といった情景が数々表現されています。さらには、「Milano è sempre pronta a Natale (ミラノはいつもクリスマス)」とも。続くのは「それが過ぎると涙を流す。そして傷つく」です。祝祭と直後の虚脱感の双方を繰り返しながら、ときが過ぎてゆくクールな都市。それも大都市ミラノの姿なのです。   ミラノを走るフィアットたち おすすめスポット紹介の前に、ミラノで見かけたフィアットたちの写真をご紹介します。   ▲ミラノはもとよりイタリアを代表する高級ブティック街。モンテ・ナポレオーネ通りにたたずむ『500(チンクエチェント)』。   ▲近年、再開発が進むブラマンテ通り周辺を行く『500』。   ▲かつては工場街、今日はデザイン街区として知られるトルトーナ通りで。2代目『Bravo(ブラーヴォ)』※日本未導入。   ▲同じくトルトーナ通りで。カーシェアリングの『500』。   ▲トルトーナのビストロ前に駐車中の『500』。   ▲市内の南、ポルタ・ジェノヴァ駅周辺で。   ▲モンテ・ナポレオーネ通りに近い裏道で。2代目『Tipo(ティーポ)』※日本未導入。   ▲ナイトスポットとしても知られるガリバルディ通りに佇む『Panda(パンダ)』と『500』。 次のページ:【ミラノのおすすめスポットをご紹介】 […]

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一度食べたら誰もが夢中になる、LESSのパネットーネの魔力。

日本随一のパネットーネ専門店として、スイーツ好きの間でその名を轟かせている『LESS(レス)』の、パネットーネ『GR パネットーネ』。パネットーネの概念を覆す美味しさと評判で、『LESS』のなかでも圧倒的な人気を誇る定番アイテムのひとつです。今回は『LESS』のこと、そして、パネットーネというイタリア生まれの発酵菓子について、くわしくご紹介していきます。 なお、現在フィアットでは『500(チンクエチェント)』の限定車『500 1.2 Dolce(ドルチェ)』のデビューを記念して『SWEET LIFE WITH FIAT』キャンペーンを実施中です。『500 1.2 Dolce』の、スイーツみたいな歓びいっぱいのドライブが楽しめる世界観を表現したこのキャンペーンは、2022年9月から12月まで、毎月プレゼントを変更して展開。キャンペーンの最後を飾る12月は、本記事でご紹介する『LESS』のパネットーネ『GR パネットーネ』をプレゼントします。この機会にぜひその未知なる美味しさを体感してみては? キャンペーンの詳細や応募方法は、記事の最後に掲載していますので、ぜひチェックしてください!   唯一無二の、パネットーネ専門店 パネットーネ専門店『LESS(レス)』は、恵比寿の路地裏にちょこんと佇んでいます。決して大きくはない、むしろ“コージィー(居心地がいい)”という言葉がしっくりくるお店は、2、3人でいっぱいになってしまうほど。それでも、人が途絶えることはほぼありません。世界の名だたるレストランで、それぞれシェフパティシエを務めた2人──、ガブリエレ・リヴァさんと坂倉加奈子さんがタッグを組んで、同店をオープンしたのは2019年9月のこと。アメリカのお菓子教室で講師と生徒として出会った2人は、当時の日本ではまだ決してメジャーな存在ではなかった、北イタリア発祥の伝統菓子パネットーネの専門店を立ち上げました。   ▲ガブリエレ・リヴァさん(左)、坂倉加奈子さん(右)   まずは、「パネットーネとは?」というところから解説しましょう。パネットーネは、主にクリスマスシーズンに食べられるイタリアの伝統菓子です。バターと卵をたっぷり使った生地を、パネットーネ種という天然酵母を加えて発酵させ、ドライフルーツを加えてふっくらと焼き上げます。かつては一般の家庭で手作りされていたそうですが、自然発酵させて生地を休ませるという工程を繰り返すため、大変な手間暇がかかることもあって、最近ではイタリアでもパン屋やお菓子屋で買うのが主流となっています。 パネットーネをスペシャリティに据えた店をオープンした経緯について尋ねると、坂倉さんから「私たち2人が、日本でお菓子屋さんを立ち上げるにあたり、唯一無二のもの、私たちにしかできないものを考えました。誰もやっていないことで、私たちの存在を印象付けたいという思いもありました」という答えが返ってきました。   ▲『LESS』   ▲パネットーネ以外の洋菓子も。   パネットーネは、ここ最近、日本でも知名度をぐんぐん増していますが、まだ食べたことがないという人も少なくありません。また、クリスマスに食べるものという印象が強いパネットーネの専門店を立ち上げるのは、なかなか勇気のある挑戦だったのでは──?そう話を向けたところ、「やったことがないことは、なんだってリスクがあるものです。でもその価値はあると思いました」と、坂倉さん。静かに、でもはっきりとした口調で答えてくれた彼女の目はまっすぐ前を見据えていました。     スペシャル感抜群のパッケージも見逃せません。「パネットーネの価値をもっと上げたい」という思いから、北海道のエゾマツの間伐材を使用し、サステナブルでアートな専用の箱を作り上げました。店名のロゴはドットで構成されています。これは、天然酵母が発酵する様子を表しているんですって。     店名は、ドイツ建築家ディーター・ラムス氏の、『LESS BUT BETTER』(より少なく、しかしより良く)という言葉から。その言葉こそ、2人に共通する哲学でもあるのです。 2022年夏には、『LESS』から徒歩30秒足らずの場所に、リヴァ氏の名を冠した『RIVA chocolatier(リヴァ ショコラティエ)』もオープンしました。実は、リヴァ氏はアメリカでチョコレートメーカーのアンバサダーも務めた経験を持つ、ショコラティエでもあるのです。チョコレートも気になりますが、同店もショーケースに並ぶ生菓子が、艶やかで気持ちが華やぎます。 坂倉氏、リヴァ氏の動向からますます目が離せません!   次のページ:【プレゼント商品『GR パネットーネ』をご紹介!】 […]

LIFESTYLE

ミラネーゼを魅了し続ける、ジョヴァンニ・ガッリの『マロングラッセ』で甘美なひとときを過ごす

100年を超える伝統を持つミラノの老舗菓子店、ジョヴァンニ・ガッリの『マロングラッセ』。創業者のジョヴァンニ・ガッリ氏から伝承された製法を忠実に守り、昔ながらの手法で作られる逸品は地元・ミラノの人々だけでなく、海外の観光客からも絶大な支持を集めています。また、クリスマスの贈り物にするミラネーゼも多いのだとか。今回は、そんなジョヴァンニ・ガッリの歴史に加えて、『マロングラッセ』の魅力やこだわりを深掘りします。 なお、現在フィアットでは『500』の限定車『500 1.2 Dolce(チンクエチェント 1.2 ドルチェ)』のデビューを記念して『SWEET LIFE WITH FIAT』キャンペーンを実施中です。『500 1.2 Dolce』の、スイーツみたいな歓びいっぱいのドライブが楽しめる世界観を表現した本キャンペーンでは、2022年9月から12月まで、毎月投稿内容とプレゼントを変更して展開。11月は、本記事でご紹介するジョヴァンニ・ガッリの『マロングラッセ』をプレゼントします。 キャンペーンの詳細や応募方法は、記事の最後に掲載していますので、ぜひチェックしてください!       ジョヴァンニ・ガッリの100年を超える伝統 ジョヴァンニ・ガッリの創業者であるジョヴァンニ・ガッリ氏は、フェリーチェ・スクァルチャフィコの菓子工場で実力と才能を発揮。その後、自らの理想を求め、1911年にミラノで自身の会社を設立します。 最初の店は1912年10月に、ローマ大通り5番地(現在のポルタ・ロマーナ大通り)に開店。第二次世界大戦中、サヴォイア王室御用達の称号を授与されますが、その直後の1942年10月、イギリス軍による爆撃で壊滅してしまいます。ジョヴァンニ氏の息子であるフェルッチョ氏は、壊滅した店の残骸から木製の作業台と、ガラスと木でできたウィンドーを掘り出し、店の歴史を守り続けることを決意。その作業台とウィンドーは、1946年に本店(ポルタ・ロマーナ店)を再建したときに据え付けられました。今も同店の店内に威風堂々と佇む、ジョヴァンニ・ガッリの伝統とこだわりの象徴です。   ▲1946年に再建されたポルタ・ロマーナ店の店内   話は少し前後しますが、本店の再建に先立って、1945年にはミラノの中心地であるドゥオモからわずか3分ほどの好立地に、2店目となるヴィクトル・ユーゴ店をオープンします。移りゆくときのなかで、同店でしか作ることができない製品を作り続けているジョヴァンニ・ガッリは、2006年にはミラノ市が認定する『歴史遺産店舗登録』に選定。1946年に再建した本店とヴィクトル・ユーゴ店の2つの店舗は、昔の面影を残しながら今なお存在し、ミラネーゼを魅了し続けています。 現在は、3代目ジョヴァンニ氏とエドアルド氏の兄弟が切り盛りしている同店で、最も有名なのは、今回フィーチャーする『マロングラッセ』ですが、オリジナルチョコレートやプラリネも高い人気を誇ります。最近、ジェラートの販売もスタートしたそうで、マロングラッセを使ったフレーバーもあるとか。100年以上の歴史を誇る伝統の味わいは、どのようなものなのでしょうか。   ▲ヴィクトル・ユーゴ店 次のページ:【プレゼント商品『マロングラッセ』をご紹介!】 […]

DRIVING

フィアットが生まれたイタリアの“道”を楽しむ方法

フィアットがもっと好きになるイタリアン・ロードトリップ フィアット好きならイタリアのことをもっと知りたいと思っていますよね? でも、知るだけじゃなくて、実際にイタリアを走ってみたい。そう思ったことはありませんか? フィアットが生まれ、育まれたイタリアという国を自分でハンドルを握って走ったら、ますますフィアットが好きになるはず。 そこで、実際にイタリアをフィアットで走ったらどんなに楽しいか。15日間で2700㎞ほど500に乗って、イタリア一人旅をしてきましたのでぜひ紹介させてください。 空港で旅の相棒、500とご対面 イタリアでのドライブでは当然レンタカーを借りることになります。今回、日本からWEB予約しマルペンサ空港で借りたのは、走行371kmというほぼ新車のFIAT 500 POP。エンジンは1.2リッターの4気筒ですから燃料はガソリンです。トランスミッションはマニュアル、そしてナビ無しという極めてベーシックな仕様。ナビ付きやオートマチック車を希望する場合には予約時に確認しておきましょう。 相棒500と対面したら、荷物を積み込んで出発の準備。ミドルサイズの26インチ(60ℓ弱)の旅行カバンはトランクへ。荷室の奥行は50㎝以上あるので、このくらいのサイズであれば倒して積めますし、トランクを閉じれば荷物の有無は見えません。これだけで盗難トラブルの可能性は下がりますね。手荷物を助手席か後席の足元に収めるのも盗難対策。荷物を積んだらシートとミラーを合わせて出発です。そうそう、イタリアは右側通行ということをお忘れなく。 高速道路を走っても楽しいイタリア 今回の旅ではミラノ~ドロミティ~フィレンツェ~モデナ~トリノを走り回りました。都市間の移動はほぼ、アウトストラーダやスーペルストラーダと呼ばれる高速道路になります。まず気付くのは、平均速度の高さと、その割に秩序のある走行マナーです。右側通行ですので左端の車線が追い越し車線なのですが、基本的には追い越し以外で走ることはありません。そして走行車線でもほぼ制限速度の100~130km/hで流れています。もちろん500も同じ速度上で巡航しますが、ここで気付かされるのが直進安定性。2300㎜というホイールベースの短さを考えれば驚くほどピタリとまっすぐ走ってくれるので、長距離移動も疲れにくい。使用環境がクルマを育てる典型といえます。 イタリアの高速道路を走っていてもうひとつ気付くのは、ひらけた視界です。防音壁などに囲まれた日本の高速道路とは異なり、場所によってはガードレールすらありません。おかげで走り過ぎる土地の変化がとてもよくわかります。家々の意匠や生えている植物、主要産業や栽培されている農作物など、町や土地によって特色が変わっていくことに気付きます。高速道路を走っているだけで景色まで楽しめる、そんな日本との違いも面白いと感じることでしょう。 クルマ旅だから出会えるイタリアがある クルマ旅の醍醐味は、公共交通機関では行きにくい場所にも気軽に行けて、時間にも縛られず滞在でき、そこにしかない景色や文化に出会えることでしょう。山の中にあるアグリトゥリズモで鳥のさえずりと共に迎える朝や、小さな田舎町のトラットリアで味わうローカルな料理などもクルマ旅ならではの喜びでしょう。走っていてたまたま出会った景色にクルマを止めて楽しむのだって自由です。 そんな自由気ままな旅にこそ500は最高の相棒になるといえます。コンパクトな車体は古い造りの町の細い道でも扱いに困ることはありませんし、狭い場所にもスムースに駐車できるので移動が気楽です。元気に回るエンジンは山道もグイグイ登ってくれますし、曲がりくねった道もキビキビと走り抜けます。どこか目的地に行くだけじゃない、運転そのものも楽しむ旅を500はもたらしてくれるのです。 またイタリアを走っていれば、500を軽快に走らせるドライバーに老若男女の違いがないことにも気付くでしょう。土地勘がないゆえに安全マージンを多くとって走らせているこちらを、同じクルマであっという間に抜いていくローカルドライバーがたくさんいます。愛されてはいても猫可愛がりされることなく、道具としてもキッチリ使われている500の姿から、イタリア人の生活にいかにこのクルマが溶け込んでいるかが理解できることでしょう。 イタリアの道を走り出す前に知っておきたいこと イタリアを走るためには必要な手続きがありますので、その基本的なところだけここでは記すことにします。 まずは国際運転免許証の取得。イタリアを日本の免許証で走るために必要な免許です。これは各地域で指定されている運転免許試験場や運転免許更新センターなどで取得します。運転にはこの国際運転免許証と日本国内の運転免許証がセットで必要になりますので忘れずに取得しましょう。また海外旅行保険とレンタカーの保険の内容や連絡先などもよく確認しましょう。事故や故障の際には日本のJAFにあたるACI(イタリア自動車クラブ)のロードサービスに連絡することになりますので、その電話番号も控えておきましょう。それから都市によっては、旧市街や歴史地区など指定のエリアで交通が制限される場合がありますので、あらかじめ確認が必要です。 もし「全旅程をレンタカーで回るのはハードルが高いなぁ」と感じるなら、日本と同じように半日や数時間だけレンタルするという方法もあります。午前中に借りてちょっと郊外までお昼を食べに行き、暗くなる前に返却するショートトリップを計画すれば、もっと気軽にイタリアでのドライブを体験できます。 映画で“ロードムービー”といえば主人公が旅を通じて成長していく物語ですが、“ロードトリップ”はあなたの中のフィアット愛を育む旅になることでしょう。早く日本で愛車に乗りたい! そんな気持ちを抑えられないかもしれません。 マニュアルトランスミッションを搭載した500の限定モデル「500 Manuale Rossa(マヌアーレ ロッサ)」はコチラ  text・photo: 小野光陽 […]

NEWS

こんなフィアットはじめて!エトロテイスト全開のラッピングカー

文化と美をこよなく愛するジンモ・エトロによって、1968年にイタリアのミラノで設立されたラグジュアリーファッションブランド「エトロ」。その50周年を記念し、同じくイタリアブランドのフィアットとコラボレーション。特別なラッピングをまとった世界に1台だけの500(チンクエチェント)が誕生しました。   ペイズリー柄の500が街の視線を独り占め 2018年10月にエトロ銀座本店で開催された、50周年を祝うアニバーサリーイベントでお披露目されたスペシャルデザインのFIAT 500。サイケデリックなペイズリーでラッピングされた個性あふれる500が、その後1週間にわたって東京の街を駆け巡り、人々の注目を集めました。   50周年を祝うビジュアルの中心に配された“50”のロゴは、カリグラフィーアーティストのルカ・バルチェローナ(Luca Barcellona)が、エトロを代表する柄であるペイズリーで描いたもの。 そのロゴとともに掲げられたエトロファミリーの信条(マントラ)は、「Faithful to Love and Beauty(愛と美に忠実であれ)」。伝統的なものへの深い理解、異郷の文化への強い興味、未知の旅を愛する気持ちは、エトロ創業以来50年間途切れることはありません。   ペイズリーはジオメトリックなパターンと混ざり合い、カレイドスコープのような華やかさを演出。エトロが誕生した60年代後期にブームとなったサイケデリックなテイストはブランドのルーツを感じさせます。バックドアにはコミカルなペイズリーの精霊も潜んでいました。     カプセルコレクション“ETRO 50”も要チェック エトロ創業50周年を記念したカプセルコレクション“ETRO 50”は、ウィメンズのクリエイティブ・ディレクターであるヴェロニカ・エトロと、メンズのクリエイティブ・ディレクターであるキーン・エトロが共同でデザインを手がけています。アイテムには 500のラッピングと同じく “50”のロゴと「Faithful to Love and Beauty」の文字が。 2018年10月の伊勢丹新宿店に続き、11月21日(水)〜27日(火)には阪急うめだ本店1階のコトコトステージ11でも“ETRO 50”のアイテムが揃うポップアップショップを開催。ショップを訪れて、コレクションに込められたエトロ50年の軌跡を体感してみてください。   Etro 50th Anniversary WWW.ETRO.COM […]