1763年創業のイタリア・トリノの老舗カフェ・Bicerin(ビチェリン)が作る、北イタリアの郷土菓子『バーチ・ディ・ダーマ』。マカロンの原型とも言われる、アーモンド生地でチョコレートを挟んだキュートな焼き菓子です。今回は、Bicerinの歴史や魅力、『バーチ・ディ・ダーマ』のこだわりについて、Bicerin広報室長の柴さやかさんにお話を伺いました。 なおフィアットでは2026年2月7日(土)から15日(日)の間、「LA DOLCE FIAT」フェアを実施。 フェア期間中、フィアット正規ディーラーにてフィアットの各モデルにご試乗の上、商談を行なっていただいた方の中から 各ディーラー先着8名様に『ビチェリンバーチ・ディ・ダーマ』をプレゼント! ぜひこの機会にFIAT正規ディーラーへ足をお運びください! イタリア・トリノ最古のカフェ、Bicerinが築いてきた伝統 Bicerin(ビチェリン)をご存じですか。日本上陸は2018年と比較的最近なので、知らない方も多いかもしれません。一方、イタリアでは伝説の老舗カフェとして、全土に名を知らしめています。 Bicerinは、日本の江戸時代にあたる1763年に、フィアットの本拠地でもあるイタリア・トリノに誕生した、トリノ最古のカフェです。トリノのコンソラータ大聖堂の前に質素なテーブルとベンチを並べた小さな店がその始まりでした。 ▲イタリア・トリノにあるCaffè Al Bicerin(カフェ・アル・ビチェリン)店 創業当時、カフェは男性たちが集う場所でしたが、初代の店主ジュゼッペ・デンティスの後、女主人たちがカフェを仕切ってきたこともあってか、女性からも高い人気を集めました。 「もともとは女性のサロンのような場所でもあったと聞いています。現在のオーナーは男性ですが、長く女性がオーナーを務める時代が続いていました。なかでも、1910年から1975年にかけて店を切り盛りしていたカヴァリ家の女性たちの遺産を引き継ぎ、Bicerinの名を世界的なものにしたのは、女主人のひとりであるマリテ・コスタの功績です」(柴さん) 1983年に店を引き継いだ彼女は、かつてトリノに花開いたチョコレート文化を研究し、そのオリジナルともいうべきレシピを再現。また、店や家具を19世紀当時そのままの姿へと復元することに情熱を注いだそうです。マリテは2015年に他界していますが、Bicerinが築いてきた伝統は、マリテの家族と長年彼女を支えてきた女性たちの手によって、現在、そして、未来へ引き継がれていきます。 Bicerinは創業以来、女性をはじめとしたさまざまな人の時間を豊かに演出してきました。 260周年を間近に控えるBicerinは、その歴史のなかで、多くの偉人にも愛されてきました。トリノに花開いたチョコレート文化の保存にも尽力したことでも知られる、イタリア初代首相、カミーユ・ベンソ・ディ・カヴールもその一人で、入口近くの大理石のテーブルが彼の指定席だったそうです。『三銃士』『モンテクリスト伯』の著者であるアレクサンドル・デュマ・ペールは、友人に送った手紙の中で「トリノを去りがたい理由」としてBicerinをあげ、また、「トリノで見逃せないもののひとつ」とも書き記しています。 そんなBicerinが日本に上陸したのは、前述のとおり2018年とごく最近のことです。 ▲Bicerin 銀座店 「もともとイタリアには、店をチェーン展開していくことを良しとしない文化があります。特にBicerinはファミリー色が強い企業。フランチャイズ化の依頼も断り続けていたそうです。弊社も最初は断られたのですが、伝統を引き継いでいくことに魅了されていた弊社の社長が何度も足を運び、ファミリービジネスに対するイタリアのカルチャーを大事にしていることを理解していただき、ついにアジア展開の許可をいただきました。 実際、いっしょに仕事をしてみると、伝統を大事にしながら、革新を取り入れ、進化させられるものは進化させていくといった、企業の気概を強く感じます。日本独自の企画についても、好意的に受け入れてくれます」(柴さん) 次のページ:【プレゼント商品『バーチ・ディ・ダーマ』 についてご紹介!】
スタジオジブリ作品『紅の豚』に憧れて知った“赤いフィアット”。ひょんな出会いから手に入れた『500C』は、大坪さんの日常を一変させました。学生時代に胸に秘めていた夢、ドライブの楽しみや仲間との出会い、書道の再挑戦、地元でのカーイベント運営まで。クルマはただの移動手段ではなく、新しい扉を開いてくれる存在だといいます。富山に住む彼女に『500C』との物語をうかがいました。 映画『紅の豚』から始まった憧れ フィアットとの出会いについて教えてください。 「ジブリの『紅の豚』が大好きで、主人公が乗ってる赤い飛行機にずっと憧れてたんです。調べてみたらイタリア製の航空機エンジンを積んだ飛行機がモデルになっていると分かり、そこから色々と探してるうちに“フィアット”というクルマがあるのを知ったんです。しかもフィアットにも赤いボディカラーがあり、“あ、これだ!”と惹かれていきました」 その時はもうクルマに乗っていましたか? 「いや、その頃はまだ学生でしたね。社会人になってからは平凡な軽に乗ってたんですけど、ガソリンスタンドで給油してた時に偶然フィアットを見かけて、“あ、あのクルマだ!”と。そこからフィアットが頭から離れなくなり、次は絶対にフィアットに乗ると決め、お金を貯めて、5年前にようやく手に入れました」 欲しかったクルマを手に入れてどうでした? 「クルマに愛着が湧くようになりましたね。洗車もそれまでは洗車機に突っ込んで雑に拭くだけだったんですけど、今は完全に手洗い。多いときは週2回、雨が降ったらすぐ洗う(笑)。周りから“やりすぎだろ”って言われるくらい大事にしてます」 運転の機会も増えましたか? 「めちゃめちゃ運転するようになりました(笑)。もともと運転自体は好きだったんですけど、わざわざドライブに出かけるってことはなかったんです。それがフィアットに乗るようになってからは、1年目で2万5000キロ、2年目も2万キロくらい走りました」 それはすごいですね。どこに行ったんですか。 「東京、大阪、京都、長野とか、とにかく行きまくりました(笑)。前までは東京や大阪行くときは電車だったんですけどね。近場を意味もなくグルグル走ったり、クルマの写真を撮ってインスタグラムにアップしたりするようになりました」 >>>自分だけの空間、ストレスも吹き飛ぶ時間
富川さんの情熱から生まれた手づくりイベント フィアットオーナーたちによるファンミーティング『フィアット リトリート富山 2025』が開催されました。会場となったのは、富山湾を望む絶景のロケーション「ミラージュランド」。このイベントは、『500 ARANCIA(アランチャ)』に乗る地元・富山の富川さんご夫妻が企画・主催しているもの。今回で3回目の開催となった今年は、なんと約140台のフィアットが各地から集結!会場はフィアットを愛する人々の笑顔と活気で包まれ、大盛況となりました。その模様をレポートします。 フィアット愛が高じて、自らイベントを主催するまでに至った富川さんファミリー。普段は『セントベリーコーヒー』というコーヒー店を営んでいて、土日は仕事でイベントに参加できないことも多かったそう。 「それなら自分たちで地元でやってしまおう」と一念発起。北陸では数少ないフィアットイベントとして定着し、今年で3回目を迎えました。年々規模が拡大し、今回は全国から約140台がエントリー。地域密着型でありながら、大規模なイベントへと成長しています。 ボディカラーごとに停車位置を決めているのも同イベントの特徴。カラフルな中にも統一の取れた景色が広がっていました。 会場となったのは、富山湾沿いに位置する遊園地「ミラージュランド」。潮風が心地よく吹き抜ける開放的な空間で、どこか懐かしさを感じさせるレトロな雰囲気が魅力です。 遊園地の協力もあり、広々とした駐車場を使用できるほか、園内の大観覧車は、イタリアの国旗“トリコローレ”に彩られ来場者を歓迎。初回開催時に自前でカッティングシートを貼って装飾したことがきっかけで、ミラージュランドから正式にゴンドラ装飾の許可を得るという、ほのぼのエピソードも生まれました。 このイベントのもうひとつの魅力は、大人も子どもも楽しめるユニークなゲーム大会。 たとえば小学生時代を思い出す「綱引き大会」や、目測で2kgのコーヒー豆を量り当てる「2kgを作れ競争」、お箸で小豆を隣の皿に運ぶ「あずき運び競争」、さらに恒例のビンゴ大会など、会場のあちこちで笑顔と歓声があふれていました。 主催者・富川さんの人柄と、フィアットオーナー同士のフレンドリーな交流が、このイベントをより温かいものにしています。朝10時の開会から15時の閉会まで、ゆるやかで和やかな空気が流れ、初参加でも自然と輪の中に溶け込めるような雰囲気がありました。 それでは参加されていたフィアットオーナーさんをご紹介しましょう。 >>>個性豊かなオーナーたちの“フィアット物語”
コモ湖畔で出会った、イタリアの「ドルチェヴィータ」。世界のセレブに愛される湖の地で、シルク店オーナーや家具職人が語る“甘い生活”と“美しい生活”とは? FIATオリジナルカレンダー7・8月と共にご紹介します。
「フィアットが似合いそう」という上司の言葉 免許を取ったのは29歳のとき。軽自動車から乗り換えた初めての輸入車が、フィアット『500 Anniversario(アニベルサリオ)』でした。「フィアットって、ファッションとしてかわいいと思ってはいたけれど、詳しくはなかったんです」。そう語る中井奏奈さんは、オレンジ色のチンクエチェントと出会ったことで人生が大きく変わったようです。ボンネットの開け方もわからなかった5年前から、今では旧車をレストアするほどに。愛車“アニー”とともに旅をし、仲間と出会い、新しいことにトライする日々。クルマは人生を彩るパートナーだと教えてくれる彼女のストーリーを届けします。 『500 Anniversario』オーナーの中井奏奈さん。 『500 Anniversario』にはいつ頃から乗られているのですか? 「乗り始めたのは2020年9月からなので、もう5年になります。私にとって初めてのフィアット車なんです」 『500 Anniversario』を選んだきっかけを教えてもらえますか? 「実は免許を取ったのが遅くて、東京から地元の静岡に戻った29歳のときに取りました。その後、知り合いからかわいい軽自動車を譲ってもらい、10年ほど乗っていたんですが、あるときエアコンが壊れてしまって。買い替えを考えたとき、欲しいクルマがなかなか見つからなかったんです。そんなとき、前に勤めていた会社の上司が“フィアットが似合いそう”と言ってくれたことを思い出して。それがきっかけでフィアットを探し始め、ご縁があってオレンジ色の『500 Anniversario』に出会うことができました」 フィアットに乗る前はクルマに強いこだわりはなかったのですか。 「そうですね。クルマをファッション感覚で見ることはあっても、詳しくはなかったですし、知識もありませんでした」 実際にフィアットに乗り始めて、そのあたりの意識は変わりましたか。 「乗り始めて2年くらいはボンネットの開け方もわからないほどでした(笑)。でも、かわいいクルマなので愛着が湧いて、Instagramを始めて情報を集めるうちにオーナーさん同士が集まるイベントがあることを知ったんです。ひとりで乗っているだけでも楽しいのに、大勢で集まったらもっと楽しいだろうなと思って参加したら、回を重ねるごとに友だちも増え、クルマの知識も増えました。フィアットとの生活が楽しくて、楽しくて弾けてしまったという感じです(笑)」 『500 Anniversario』の気に入っているところを教えてください。 「『500C Anniversario』なので、“アニー”と呼んでいるんですけど、春から夏にかけてはアニーの季節なんです。緑が増えてきて、青空や草原、海…そんな自然の中でオレンジ色のアニーが特に映えるんです。インパネもオレンジなので、窓の外の景色とこのオレンジが合わさって、きれいなコントラストになるところがお気に入りです。“今、この道を走っている中で自分のクルマが一番かわいい!”って思いながら運転しています(笑)」 >>>次ページ 大切な存在、でも依存はしない
「西洋の書道」と呼ばれるカリグラフィー。文字を美しく、自在に操るその技術は、趣味や学問の分野でも脚光を浴びています。そこでカリグラファーとして活躍され、作品が専門誌で紹介されたり、講師もされている浅岡千里さん(しかもフィアットオーナーさん!)にカリグラフィーについて詳しくお話をうかがいました。
『Doblo Maxi』で出かけると、目的地が近く感じる!? これまで色々なフィアット車を乗り継いで来られた高木さんご家族。小さなお子さんが2人いらっしゃるアクティブなファミリーにとって、『Doblo Maxi』はピッタリの模様。高木さんのフィアットライフを覗かせてもらいました。
ミニバンから『500 Sport』に乗り換えて以来、「すっかりフィアット沼にハマりました」と話す古田 真(まこと)さん。『500 Sport』の購入から1年後に『Panda 4×4』を増車し、その1年後に、旧い『126』を注文すると共に自宅にガレージを新設。さらに駐車場が屋根付きになったことで『500 Sport』をカブリオレの『500C 60th』に代替えするなど、現実世界にユートピアを築いています。一体何が古田さんを突き動かしているのでしょうか? お嬢さんからの「もっと人生を楽しんで」のひと言 フィアットとの出会いを教えていただけますか。 「以前乗っていた国産ミニバンが10年・10万kmを迎えるということで、乗り換えを検討していたんです。子どもたちも大きくなったし、もともとクルマ酔いするので家族で出掛ける機会はあまり多くなかったんです。そうしたなか、次のクルマを何にしようかと、輸入車も視野に入れて見ていたんです。高校生になった娘から“パパ、これからは自分の人生をもっと楽しんで”と言われたことも頭の片隅にありました。そんな折、私に強烈なインパクトを与えたのが、この『500 Sport』の広告だったんです。ブルーのボディカラーとスポーティな雰囲気が心を打ち、そのビジュアルが頭から離れなくなってしまったんです。見たのは年末だったんですけど、発売は翌1月15日で『500 Sport』の姿と発売日が頭の中に強く残った状態で年を越しました」 古田さんに衝撃を与えた『500 Sport』のキャンペーンビジュアル。 その時点ではフィアットに対する先入観があったわけではなかったのですね。 「当時はまだブランドに対する特別な思いはまったくありませんでした。完全にインスピレーションですね。広告を見て、うわーっと鮮烈な衝撃が走ったんです。ただ、発売日を迎えてもまだ購入の決心がつかず、そこから1週間後にショールームに問い合わせたところ、その店舗にはすでに在庫がないと聞き、慌てて他のショールームに電話をかけまくりました」 古田さんは自分の直感やインスピレーションを大切するタイプなのですか? 「ずっと直感で動いてきましたね。論理的に物を考えるより、直感とそのときの感情を優先して生きてきました。もちろん一応考えはするんですけど、最初に感じたインスピレーションを優先するので余計に頭に残るんでしょうね」 現在『500C』と『Panda 4×4』を所有されている古田さん。 マニュアル車を選ばれたのは運転を楽しみたいという理由からですか? 「そうですね。あとは当時、マニュアル車がボケ防止にいいという話を聞いて、50歳を迎える前だったので、早めに予防に着手した方がいいだろうと考えたのです。それで次に乗るクルマはマニュアル車にしようとおぼろげに考えていたんです」 古田さんが所有していた『500 Sport』。 50歳手前でボケ予防というのは早すぎる気もしますが。 「仕事柄だと思うんですけど、会社の所属先が経営企画部だったんですよ。経営企画というのは会社の未来を作る部署。そうした仕事の影響もあり、自分の人生についても先を見通して行動するようになったんです。ボケ防止もその一環で、健康でいるために予防的にやっておいた方がいいと考えたんです」 『500 Sport』が第一印象に強く残った理由をご自身で分析すると何だと思いますか? 「圧倒的にデザイン、それと色使いですね。もともと紺色は好きでしたし『500 Sport』のイタリアブルーは明るめでイタリアらしさを感じたんです。かわいらしいこのクルマには派手な色が合うんじゃないかと思ったんです。その前向きな気持ちをさらに勢いづけたのが試乗です。試乗車はデュアロジックのツインエアー車だったのですがエンジンが面白くて。ポコポコ、ポコポコ音を出しながら結構よく走るのが印象的でした。それですぐに購入を決意したんです」 >>>次ページ 悪条件下で頼りになる新たな相棒
運転に苦手意識があり、7年間ペーパードライバーだったという武内さん。愛犬と出掛けたいという思いから一発奮起し『500』を購入。毎日ショッピングモールで駐車の練習を繰り返し、その姿を影から見守ったご主人のサポートもあり、苦手意識を完全に克服した摩利子さん。『500』を通じて変化を遂げた武内さんファミリーのフィアットライフをご紹介します。 駐車枠に入らなかった 『500』は奥さま用に買われたとのことですが、そのあたりの背景から教えてもらえますか。 摩利子さん(以下奥さま) 「最初は主人の大きなクルマしかなかったんですけれど、犬を連れて出掛ける時などに、もう1台取り回しのいい小さなクルマがあったらいいなと思って。私もクルマが欲しいなと思い始めたんです」 康次さん(以下ご主人) 「そのころは犬がまだ1匹しかいなかったので、大きいクルマで持て余していたんですけれど、その後犬が2匹に増えると、片方だけを動物病院に連れて行きたい時や、犬のストレス発散のために一人っ子状態でそれぞれ別々に世話をする日を作ってもいいかなと思うようになったんです。それでクルマが2台あった方がそれぞれ別々に行動できるので、使い勝手がいいんじゃない? と思って。それで『500』は以前より気になっていたので、好きな色が出たらぜひ購入したいと思うようになったんです」 武内さんの愛犬のクーパー君(右/5歳)とポム君(左/3歳)。 以前からフィアットが気になっていたのですね? 奥さま 「ルパン三世がキッカケでフィアットのことは以前から好きだったんです。色もルパンと同じ黄色が良かったのですが、欲しいと思った時には黄色の設定はなかったんですよ。水色にしようかと考えたこともあったんですけど、1年ぐらい待っていたら、ハッピーイエローの『500 ジアリッシマ』という限定車が登場したので、すぐにショールームに問い合わせました」 ご主人 「軽自動車を検討したこともあったのですが、私も彼女もデザインを職業にしていることもあって、やっぱり好きなものに乗りたいよね、という気持ちがありました。街ですれ違ったときに思わず目で追ってしまうような、そういうクルマが良かったんです」 武内さんの愛車『500 Giallissima(ジアリッシマ)』は2022年2月に発売された限定車。ハッピーイエローのボディカラーや、ブラックのミラーカバーが特徴。 奥さまは7年間ペーパードライバーだったとのことですが、久々にクルマに乗るのは怖くなかったですか? 奥さま 「もちろん怖かったです。以前に主人のクルマで運転に挑戦したことがあったのですが、ショッピングモールの屋上で試しに駐車したところ、駐車枠の白線を跨ぐようにど真ん中に停めていたんです。何度か練習してもそんな感じだったので、自分は運転に向いてないかもしれないと思って、運転から遠ざかっていたんです。フィアットを買ってからも、納車まで1度も運転しませんでした。だから納車日がいきなり久々の運転となってしまったんです」 ご主人 「納車の事務的な手続きが終わり、妻が運転席に乗った段階で、エンジンをかけるにはどうするんだっけ? みたいな状態でした。ディーラーの方が運転にまったく慣れていないことを察してくれ、手取り足取り教えてくれたんです。それでデリバリールームの扉が開いて“さあどうぞ”、となった時には僕も助手席でガチガチでした(笑)。妻に“大丈夫だよね? 後ろに下がったらガラスをバーンだよ”と言うぐらい、不安で仕方なかったです」 >>>次ページ ショッピングモールの屋上から徐々に下の階へ